かけはし

みなさんこんばんは。
今日で一年のセッションを納めさせていただきました。

沖縄へ来た当初は年末年始の区切りもなく、元旦からアチューメント、というようなペースだったこともありました。
今は少し落ち着いたペースでさせていただいています。
いつも内面のエネルギーと対話しながら、またみなさんからいただくエネルギーとご相談しながら、日々を送らせていただいています。

年末に来て「自分の内面のエネルギーとの関係」というテーマを持ってきてくださるお客様が重なりました。

「自分らしく生きる」とか「本当の自分をみつける」などと言葉にするイメージと、実際に自己のエネルギーとおつきあいすることの間には若干のギャップがあるように思います。

究極の本当の自己は真我と言われる部分ですから個性なんかのない世界です。魂に男女の区別がないように。

でも私たちの肉体レベルにはもちろん個性があり、みんな違っている。

私自身、自分とはなんだろう、と頭でどんどん考えているうちに、結局それは、他人との違いのことなのかと勘違いしたこともありました。
実際は真逆で、本当の自分になる(戻る)というのは、肉体として身に着けた様々な違いを振り落としていくこととも言えます。

なぜそのようなことになっているのか、というのが、意識の仕組みを探求していくとよくよくわかります。

そうして日々セッションを通して、また家族との関係を通して、自分と向き合うことを通して、そして瞑想によってもたらされる真の自己とのふれあいを通しての気づきをまた自身の人生の創造に、セッションに、還元させていただいています。
その気づきは時とともに大きく深く、そして細やかになっていっているように感じます。

RUACHと、私AZUとのお時間をお選びくださったみなさんおひとりおひとりに、そしてそこまでの導きに、感謝を禁じ得ません。
そこで分かち合うことができたものの大きさ、深さにいつも新鮮な喜びと驚きを禁じ得ません。

その感謝と喜びと驚きの背後にいつも、神の気配を感じることができます。
それは安堵と希望を私に与えてくれます。

つい十数年前、私はまだ地球に着地すらできていませんでした。
何十年も肉体を授かっていながら、まだ生きる覚悟ができていないまま生きていたようでした。

今私は地球に生きることを心から感謝できます。
その感謝が永遠のものだということが理解できます。

限りある命が完全燃焼すると、おそらく無限になっていけるのです。

そのプロセスを、お手伝いできることが本当に幸せです。
ひとりのなかに真実にともった光は、闇を照らし、すべての人の光につながります。
あなたの中の光に感謝します。

幸せの権利

普段接する人のほとんどがクライアントさんという生活が長い。しかしそれにまったく不自由さを感じていない。セッションで人と触れ合いつながることはそれくらい楽しくすばらしい体験だと感じている。

車を運転しないので、犬の散歩以上の外出をしない。今年は唯一歯医者さんに通ったがほどんどが夫の送り迎えつきで、どうしても時間が合わない時だけバスに乗った。

それ以外は全部夫と一緒だ。買い物も普段は夫がしてきてくれる。時間が空くと私を連れ出すために一緒に直売所なんかに出かける。あとは2人と1匹(犬)の時間をかけた散歩。普段の義務的な散歩と違い、1匹も心から楽しそうにしている。どう見ても、楽しさを表現して見せているように見える。そんな生活を私はこの上ない贅沢だと思う。

今年は結婚10周年だった。その時に私が夫に言ったのは「あなたとこんなにもたくさん一緒に過ごせて、とっても満足」だということだ。夫はなんと言ってくるかと思ったら「そんなふうに思ってもらえるなんてしあわせだね」と答えた。そんなふうに言ってもらえることこそしあわせだよまったく。

私にとってこの世で確かなものとは夫との間に築いたものだと思っている。これは結婚当初から確信したことで、そこからずっと変わらない。築いたというのはものとかかたちではなく、その関係性、エネルギー、そして愛だと思う。

思えば長い間、生きることそのものにずっと不安を抱えていた。多くの人が、本当はどんな心持ちで普段を過ごしているのだろうか。それは今でもよくわからない。あの漠然とした絶望に似たおそれや焦りや葛藤、そして怒り。静かに悲しみを感じる暇もないほどの怒涛の日々。元気?と声をかけられればいつも「疲れてる」としか答えられなかった。生きることの意味が生存競争だったのだ。

そんな疲れを感じている人は多いのだろうか。私は今やクライアントさんと多くを分かち合える。痛みを共有し、悲しみに共感し、そこから光をみつけ、ひいては自らが光となっていく道を何度も何度も往復する。これはすばらしいとしか言いようのない体験だ。そしてここで体験することの学びをさらにすべて夫と共有して生きている。

今となっては、こういう生き方以上に、こういう生き方以外に、私を満たす生き方はなかったような気がする。何を得たとしても、きっと今みつけたことをみつけない限り、私は欠如を抱えていただろう。

私を満たすものとは、私が得たものではない。今の生活が私を満たしているのではない。私が内側にみつけたものだけが私を満たしている。内側にみつけたものを分かち合えることだけが、私に喜びを与える。

内側にみつけたものが、世界を彩りそれが私に世界を与え続ける。

「すべては内側にあります」。ですからもし、あなたが何かを探しているのであれば、内側を探してみてください。それはみつかります。
もしそのヒントやコツやサポートを求めておいでなら、おともさせてください。

内側を探すことは手探りすぎて難しいのです。本当に苦労して苦心して、私も探し続けました。その長い道の途中に私を支えたのは、いつか幸せになれるんだという思いではなくて、いつかこのことが同じ思いの人の役に立つかもしれない、ということでした。みんながこんなにまで辛い思いをしなくても、済むかもしれない、という。

感じるちからのある人にとって、この世は生きにくい場所なのは間違いないと思う。でも生きやすいからといって幸せであるわけではない。幸せを求める権利はすべての魂が平等に持っている。その権利を行使するかどうかは、幸せを生きるという決意を人生のなかで持つかどうかにかかっている。

セッションメニュー、内容、料金についてはこちらのページをご覧ください。

平安が好きですか?

平安、という言葉。

瞑想をするまでまったく興味も好意も持てない言葉だった。

クライアントさんに意識の仕組みをお話していて、平安という言葉を使うと「ああ、いいですねえ」と返されることがよくある。

「平安がいいです。」
そうですか?!では話が早い、と私は思う。実際にそうお答えする。

これは多分、私の母の価値観の影響だと思う。幼少期の激動の戦後体験によっておそらく、強烈なものごとでなければ埋め合わせられないほどの、心の傷を負ったのだろうと推測する。

私は自分の人生と向き合い始めた頃、これはまさしく不幸の連鎖の輪にがっちりとはまっているとわかった。不幸になりたいわけではない。でも幸せそうな香りを嗅いでもうまそうに思えたためしがなかった。

不満と反骨精神、ためと爆発は自分の原動力だった。それらは自分の敏感さからくる繊細さや臆病さを補ってくれる。

100%正直であるためには、全部晒すか全部閉じるかしか方法がなかった。ほどほど、まずまず、なかなか、まあまあ、なあなあなどと、ダメ、との違いが全くわからなかった。それらはダメ、の言い換えに過ぎないとしか感じられなかった。

母が平穏無事という言葉と価値観を軽蔑していたのを覚えている。
「平穏な道と困難な道があったら私は困難な道を選ぼうと、中学生で心に決めたの」と「風と共に去りぬ」のスカーレットのイメージを重ねて私によく語っていた。

そういうものがたりを当たり前のように、良いこととして私は受け取っていた。母のものさしはなによりもクールだと当たり前に思っていたし、そういう母にあっぱれと思ってもらえるような人間になろうと当たり前に思っていた。そしてそれは多分困難な道なんだろうけれど、自分はできると、そう思っていた。

成人して自立して歩き始めたところで私はあっという間につまづいてしまった。その困難にどれだけ全力で立ち向かってもなにひとつうまくいかなかった。うまくやることもできないし、できない自分の姿がみじめでみすぼらしくてとてもじゃないけれど受け入れることができなかった。母の望む、クールでスマートでスケールが大きくて常にトップクラスの自分というイメージはもう自分の中にはひと欠片も見当たらなかった。

そこで過去にみあった自分を諦めて、軌道修正できればどれだけいいか。しかしそこがインナーチャイルドの仕組みである。幼少期に刷り込まれた自己像はそう簡単に変えられない。自分の場合はどちらかと言えば幼少期のできた自分の延長を生きることが自分のミッションだと信じこんでいたので、現状の結果の出せなさとの闘いにしがみついて膠着してしまっていた。自分は親からすばらしい資質を与えられたという自覚がずっとあったので、親にも、家族みんなにも、それから子供の頃の自分にすら申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

ここまで膠着してしまうと、もう何も見えなくなる。見栄えのいい結果を出すこと以外に不幸の連鎖の輪から抜け出す方法はないと思い込んでいる。自分のことしか考えられないのに、自分のことをまるで見ていないのだ。自分の出す結果のほうだけ凝視している。

その結果も、ほどほど、まずまず、なかなか、まあまあ、などというものでは当然ながら許すことができない。ずば抜けるしか、輪を打ち砕く方法はない。平安などという生ぬるい状態は、あっという間に私を不幸の連鎖の輪に引き戻すに違いない。私に必要なのは、曖昧さのない結果だけだと、そう思っていた。

答えのみつからないままもがき続け、どうやらこの延長上に私の求めるものはないのだろうということだけがなんとなくわかってきた。行きたい方角などまるで見えなかったけれど。

平安というものがどうやら最良のものなのだということを受け入れるようになったのはそれから更にずっと後のことだ。平安というのはなにかとなにかの間に存在するぬるいすき間のようなものでは決してない。

それは絶対的な中心であり、なにかとなにかの間にはない。相対的ではなく、他と並列にできるものでも比較できるものでもない。絶対的な中心なのだ。

絶対的な中心には、それだけが存在する。そこへ行ってしまえばその他のことごとは消えてしまう。そうでなければそれは並列に存在できるし、ものごとの合間に存在していることになる。

平安にいるとき、私たちは正気になって目覚めている。真実がわかっている。

真実というのは、実在していないものを無いとわかっているということだ。

実在していないものを無いとわかり、実在しているものをあるとわかっているとき、私たちは安らぐ。だから平安は実在している。恐れているとき、そこに平安は無い。つまりは恐れとは実在ではないのだ。

このことは瞑想だけが教えてくれる。観念のことではなく、実際のことだ。思考には絶対に理解できない。思考を放棄したものだけがそれを知る。瞑想は思考を放棄する。

平安だけがすべてを解決する。その他のものは解決に見せかけたゲームに過ぎない。ゴールしたと思うとスタートラインに立っている。

平安は奇跡を起こす。時間を縮め、緩め、つながるべきをつなげ、手放すべきを解き放ち、闇を照らす。

つまりそれは、神の場をあらわしてる。平安がいいですとおっしゃってくださるみなさんはそのすぐそばにおられると私は思う。