魂の学び

梅雨の中休み

しがらみや事情や、葛藤や、いろいろあるけど、今度の参議院選挙だけは、いったん手放して、平和を選びたい。みんなで。そうしたらきっと、これまでと違った世界が見えてくる。

私は命というのは肉体ではなく意識、魂、スピリットだと思っている。だから、肉体の命が一番とは言わない。命が一番なら、悪人も利己主義者も命が一番だと思ってやっている。自分の命をばかり優先し、他人の命を軽んじる姿勢。

大事なのは全てを尊ぶという意識だ。子供たちの命を守るのは正しいけれど、全ての人の存在を尊ぶ姿勢がなかったら、その子供たちはいつまでも学ぶことができない。おとなになりまた奪うことで自己を守ろうとするかもしれない。みんな、子供だった。命は神が迎えてくれる瞬間まで全て等しく大切だ。これでも人間か、と言われるような言動をする、利己主義者の命も誰のものでもない、神のものだ。ただ、その人たちは神を忘れ、あるいは神を誤解しているだけ。それゆえに自己を誤解している。

私たちはおそらく、自己の命尽きるまで、すべてを尊ぶということについて学び続ける。喧嘩してでも、間違いをおかしてでも。しかし、その喧嘩はいづれ和解をもたらす余地をもたなくてはならない。赦すということを前提にする必要がある。

戦争は一部の人が全体を利用し支配する姿勢の表れだからまっとうな喧嘩ではない。しかし一旦巻き込まれることを許してしまったら、そのカルマは負わなくてはならなくなる。アンフェアな喧嘩に加担したことになる。まして核というものを世界に許している私たちにとって戦争はいつも最終戦争になりうる。

私たちはもう、戦争というものを卒業しなくてはならない。それを今選べる貴重な岐路に全ての人が立っている。どうかこの権利を粗末にせず、全ての命のために、全てを尊ぶことを選ぶチャンスとして扱って欲しいと願う。全ての人にできる、とても勇気ある、価値のある行動を願う。

今日のひとこと

人間は動物を見習うところはあってもお手本にはできません。お手本にするのは神です。でも神は肉体ではないので神だけをお手本にすると肉体でいるのがしんどくなります。だから、肉体であることを楽しむというご褒美をもらっています。でもご褒美を追いかけるとこの世は地獄です。それは欲望を満たすという追いかけっこで、満たされることがないからです。

人間はご褒美を目的に生きているのではありません。人間を探求しよく味わうために生きています。本当に大切なことはそれでしか学ぶことができません。意味を考えても解釈しても理由を見つけても、それは成し得ません。体験しつくしたところに学びはあります。感じきったところに。

今あなたが探しているもの、目的としているものはご褒美のほうでしょうか、それとも、今、深く満たされることでしょうか。

映画『世界が食べられなくなる日』

映画『世界が食べられなくなる日』公式サイト.

昨日那覇の桜坂劇場にて「モンサントの不自然な食べ物」と「世界が食べられなくなる日」を2連ちゃんで見てきました。

これは、この2本は強力です。とにかく人ごとではありません。現在地球上で生きる全ての人と直接関わりがあり、現在進行中の問題が明確になり、映画を見ることで解決への糸口へと大きく前進できる内容です。心からおすすめします。

この、世界が食べられなくなる日は、6月8日から渋谷を皮切りに全国上映となるそうです。できましたら何を差し置いても映画館へ行っていただきたい。本当に私たち全体の今日、明日と関わっているからです。世の中のいろいろなモヤモヤのこんがらがりが解けて一点となる可能性を持つと言えるほどの一本だと思います。

日本もたくさん出てきました。というよりも日本人が主人公のようにも見えました。

私たちが知らずに受け入れてしまっているもの、私たちはそれによってコントロール支配されます。これは私が行っているセラピーの領域でも言えることです。意識できるトゲは自らの意思で抜くことができますが、無意識下ではそのトゲは潜在的に潜伏し、痛みとして恐れを刺激し、それによって混乱を引き起こし、癒えることなく膿を出し続けます。現在の社会と私たちの心で起こっていることは全く同じです。

映画にはとても厳しい現実が描かれていますが、この事実が映画として明確に描かれることのできる現在はすでに最悪の時を過ぎていることの証明だと私は感じます。最悪の時期は過ぎています。最悪なのは何も知らずに平和ぼけなどと言われ、バブルに躍らされなにも考えずに生きていけると私たちが思わされていた時期です。コガネを掴まされて欲しいものは何でも手に入るかのような幻想に多くが眠らされていた時期です。世界は恒久的に右肩上がりに発展して行くかのように思わされていた時期です。でも今は違います。私たちは全人類で共有できる問題と向き合うことができるほど、人間を探求することができるステージまでたどり着くことができたのだと思います。すべては大いなる意思に導かれているようです。

私は改めて、人類というものの素晴らしさを感じています。大多数はすぐにでもより善なるものを選ぶことのできるレベルに達しているのではないかと感じます。ただ必要なのは混乱を解くことです。痛みを鎮めることです。隠されている真実にただ目を向け、そして選ぶことです。そこには相互理解があり、助け合いがあります。それは全ての人間によって心地よくそして深い部分を満たす行いです。やり始めればみんながそれを好きになるでしょう。好きなこと、幸せなこと、満たされることを行うのは、人間にとって自然でとても簡単なことです。

映画『世界が食べられなくなる日』