わがや

今日はだんなさんの34歳の誕生日です。
月日の過ぎ去ることの早いこと、と思うにつけ
今という時の大切さを痛感します。
本当に、この世にいてくれて
一緒にいてくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
当時から思っていたけれど
その頃よりも今はもっとふかーい次元でそう感じます。
だんなさんは私にも普段からよくそういうことを言ってくれます。
「いてくれるだけでありがたいさ」とか。…
時間との戦いに唯一勝てるのは愛だと思います。
長さとか量でなく
瞬時に満ちるもの。
男女の愛だけでなく
心底満たされる愛が
地上とすべての人にもたらされますように。

さがしものはなんですか

先日だんなさんが
CDが一枚みつからないんだと言って困っていた。
あちこち探したけれどみつからない。
CDをなくしたことなんて
ここ数年で1枚しかない
これが2枚目になってしまうかも・・・と言う。
だんなさんはDJを趣味でやっているので
かなりの枚数を持っている。
うちのクロゼットの一つは
だんなさんのDJブースになっている。
びっしり詰め込まれたCDやレコードの棚を
全部引っ張り出して探したけれど
やっぱりみつからないらしい。
あきらめかけたところで私が
「レイキしてごらんよ。
なくし物を探すっていうのあったでしょ。」とひとこと。
だんなさんは、レイキでどうしてみつかるのさ、という
納得しない感じを醸し出している。
私も、絶対とは思っていない。
あまり物理的なことのためにレイキを使うことがないので
実績も少ない。
でも、その物体にレイキをして
波長を合わせて引き寄せるというのは
理にかなっていると思うので
そのように説明すると
だんなさんはなるほど、じゃあ、という感じでレイキを送ったようだ。
私はすぐに家事に戻った。
ものの1分としないうちにだんなさんが
「あった。」と言う。
驚いたのは私のほうだ。
あれだけ探してたのに。
PCのドライブから出てきたそう。
「なんでここに入ってるかな~。」とだんなさん。
探していなかったところから出てきたわけだから
魔法ではないし
偶然、と見えなくない。
私だってそう思いそうになる。うっかりすると。
だけど、波長の法則ってそういう風に働くものだ。
人は願いがかなったとたん
それは関係ないところから突然やってきたように思いがちだ。
でも、それは化学反応のように正確に起こるべくして起こる。
水素も酸素も目に見えないけれど
反応するとちゃんと水が生まれる。
地上の出来事って本当に法則にのっとっているのだ。

やっぱりシンプルが好き

人によって様々な幸せの形があることは
まったくその通りだと思うし否定を感じない。
けれども、肉体の欲求に対しての達成や
獲得による喜びはひと時のものであり
足るを知ることへは繋がらずに
さらに、もっと、まだまだという風に飢えを増長させていくのが普通だ。
例えるならその人のお部屋はいろいろなときに手に入れた戦利品でいっぱいだ。
その中には既にブームの去った思い出だけのものや
今の趣味には全然合わないもの
また最近手に入れてとても満足を与えてくれた新顔もある。
そして同じくらいたくさんの
古いガラクタや
もはやいつ、何のためにやってきて
何に使うのかさえわからないものもあふれているだろう。
これはいいもの、これはよからぬもの、みたいなレッテルを貼って
整頓してみたりもするのだが
なんだか気分はスッキリしないし
いいものが増えていっても
時々眺めて満足する以外の時は
喜びを感じるのさえ忘れがちだ。
忘れていてまた同じ様なものを買ってきてしまったりさえもする。
ある時もうこれ以上お部屋に物が入らないことに気づく。
欲しい物も思い当たらないし
得たところで3日も経てば当たり前になってしまって
また新たな獲得のためにあくせくしていた自分に気づく。
ブームが去ったあとのかつての宝物は
郷愁以外には特に魅力が感じられないのだが
これを失ってしまったら
自分のこれまでの人生が無意味になるようで手放せない。
・・・なんだかひどい例えだ。
誰もが幸せである方法とは
このお部屋を掃除する、というやり方だ。
なんだかんだとレッテルの貼られたかつての宝やガラクタの
そのどちらにも執着せず
どちらも手放す。
片付けると決めて動き出すと
お部屋にお日さまが差し込み始め
風通しが良くなってくる。
居心地がいいことに気づく。
お部屋は見通しが良くなり
何が機能していて何が不要なのか
風通しや日当たりを遮るものがどれなのかもよくわかる。
ただそこに最初からあったものだけで
快適で幸せで平安になっていることに気づく。
このお部屋というのが、例えばわたしだ。