クンダリーニレイキを添付いたします^^

昨日、あしびなー向かいでみつけました
四葉のクローバー。
探そうと思ったわけじゃないんですが
すごく元気に咲いていてきれいで
惹きつけられてじっと見ていたら
でっかい四葉。
人生を振り返っても
そうそうみつけた覚えがないし
天使界からの贈り物のようです。
ですので、この写真にクンダリーニレイキのエネルギーが流れるよう
セットしておきます。
もし気が向いた方はこの写真を見ながら
クンダリーニレイキを受け取りますと宣言して
深呼吸をしながら1~3分くらいリラックスしてお過ごしください。
特にこの部分、とかこのテーマに流したい、というのがあれば
それも一緒に宣言してみてください。
感じても感じなくても、流れたと思って
お水を飲むことを忘れずに。
できるだけゆったりお過ごしください。
強烈な好転反応が出るほどではないと思いますが
もし出た場合は適切に対処してください。
みなさんへ感謝とともに
AZU
Image767.jpg

本当の自分のみつけ方

2月は梅雨のように連日雨でしたが
ようやく晴れ間を見せてくれるようになりました。
Image765.jpg
*我が家のベランダからの今日の空*
自分のことは自分が一番よく知ってる、なんて言葉があるけど
それは真実でもあり、とんでもない間違いでもある。
その言葉を鵜呑みにして
私は私のことをこんなにわかった、なんて思ってしまうと
本当の自分と出会うせっかくのチャンスにふたをしてしまうことにもなる。
潜在意識は顕在意識の10倍です、とか100万倍です、とか言われても
実際にそれをリアルに感じるのは難しい。
じゃあ私が知ってる、あるいは感じてるこれ、この自分はいったいなんなんだ、
ということになる。
実際に自分が知っている、知覚している世界は幻想に等しい。
頭が納得している自分と自分の本当の気持ちがまるでかけ離れていることを
人はあまり知らない。
自分の心を探求することが人間にはとてもとても大切なことだと言える。
なぜなら人間は心でしか愛を知ることはできないし
愛を学ぶことは人間にとって、最重要課題だからだ。
愛を学ばずして本来の成長はないし
真理や真実を生きたことにはならない。
しかし愛を学ぼうといったん決めれば
人生を豊かにしてくれるのに必要なすべてはついてくる。
現代人はまず生活必需品や必要なものを整えて
勉強は勉強、仕事は仕事、経済、住むところ、それから
家族のいろんな問題、なんて具合に次から次へと問題を渡り歩いているけれど
世界は、自分の心が作り出しているホログラフィーだということを知っていれば
まずは立ち止まってその場所から、原因の世界に入っていったほうがいい。
原因は心の世界にある。
だから、心が死んでしまう前に
まず心の世界に入っていくことだ。
心はおろそかにされがちである。
そんなものでメシが食えるか、とか
夢みてないで現実をみろ、とか
散々な扱われ方をする。
ですが、現実、真実は、本当に心の中にしか存在していないし
心を通してしか私たちは真実に触れることかできない。
それが現実だ。
心の中にはまず未浄化の感情がごろごろ転がっている。
それをこつこつ解体していくと
重荷は軽く、健康になる。
自由に本来を感じるようになる。
喜怒哀楽をありのままに体験できる。
人が感情を恐れるのは
心を開くと未浄化の感情に出会ってしまうからだ。
でもそれはずっとは続かない。
取り組み解体すると喜びを感じられるはず。
そうすると、感謝を感じる時間が増えてくる。
自然にそうなる。
感謝が増えると光を見る。
自分の中の光を。
それが自分の中の光と、本来の自分と出会いつながり、
それそのものを生きることだ。
もし、本当の自分を、光を、神をみつけられずにいるのなら
まずは心を覗き込んで
解体されるのを待っている未浄化のものと向き合ってみてほしい。
それは必ず、みつけられ、解体されるのを待っている。

アバター

セラピーのほうではなくて映画のほうです^^
沖縄では3D映像は吹き替え版のしかやっていないんですが
これって普通ですか?
どうしても映画館で吹き替え版は見たくないので
今月初めに3Dではないほうを見ました。
そっちのほうは人気がないみたいで
那覇メインプレイスの映画館では小さい部屋がガラガラでした。
でももうなんといってもあらゆる面ですごかったので
これは3Dではどうなるんだという好奇心で
昨日今度は吹き替え版を3Dで見てきました。
ご覧になった方のお話しを統合してみて
3Dを見ないなんてありえないというご意見もありましたが
感触としてはもしかしたら3Dでないほうがいいのかもね、
なんて予想もしていました。
実際両方見てみた結果は
3Dより通常の映像のほうがよかったです。
あと、吹き替えじゃないほうが(当たり前かもしれないけど)圧倒的によかった。
おもしろいもので、3Dで映像が立体でこちらに迫ってくると
かえって心は閉じてしまって
引いてみようとしてしまうんですよね。
映画の醍醐味はやっぱり前のめりにのめりこんで
自分が入り込んで見ると楽しいわけですが
あちらがこっちに出っ張って来てしまうと
こちらとしてはアトラクションのように
作り物として切り離して見てしまう。
アトラクション的な映画だといいかもしれないけど
アバターは数々の興味深い要素を含んでいる映画なので
やっぱり心を開いて入り込んで見ると
得るものも大きい気がします。
それにしても吹き替え版、まいっちゃったな。
大声優さんの娘で自身もちょっぴり足を踏み入れさせていただいた身としては
気軽に批判できないところもあるのかもしれませんが
それにしてもぶち壊しだ。
ジェームス・キャメロン監督の「アビス」という作品のDVDでは
私の父(仲村秀生)が主役のエド・ハリスさんを当てているんですが
やっぱりどうしてもあんな風に演じる声優さんていないものだなと思う。
父の演技はエド・ハリス本人以上に
彼のからだから声があふれているように聞こえる。
彼のパッションや筋肉の動きにふさわしい声と台詞まわしが
彼の英語の台詞のニュアンスを、それ以上に日本語として表情豊かに聞かせる。
そういう吹き替えを私はいまだに父以外の演技に見たことがない。
つまり当て師はハリウッドスターの演技を理解したうえでさらに
アテレコのテクニックに長け、自身も同等の魅力ある演技ができていないと
なかなかオリジナルに取って代わる感動を与えることはできないわけだ。
演技の真髄を体系立てて教え
なおかつぶつかって競い合い磨かれていくくらいの
教育、育成の場が確立されていないことは
日本の表現芸術においては致命的だとやはり思う。
80年代に野田秀樹さんが30歳くらいのとき
「イギリスなんかでミュージカルを見ていると
圧倒的に思うことは
日本では天才が出てきてもそれは突然変異で終わってしまうけど
むこうでは、すごいのが出てきてこれはすごい!なんて言ってると
またそれ以上のが出てくる。どんどん出てくる。
そういう基盤がもうすでにある。」
なんて言っていたのをよく思い出す。
日本ではそういうのが期待できるのはやっぱり
歌舞伎界くらいなんじゃないかと思う。
幾世にわたるDNAの、目覚めと気づきと鍛錬の壮大な記憶。
すばらしい演技ってそういうのが絶対に必要なものなのだ。