走れる!

えっと、あったかくなってきましたので急に、
走りたくなって、先週は2回走りました。そこら辺を。
一年ちょっと前に、走ってて股関節を痛めてしまい(元々悪いんですが)
かなり悪くなっていずれ手術になるかもという感じで・・・
そうだった、書いてて思い出したけど
もう走れなくなるのかと思ってたんだ。
でも、今回は大丈夫みたい。よかった~!
走れるうちに走っておこうっと。
もともとマラソンとかちょー苦手だったんですが
芝居でいろいろ学んでから得意になりました。
がんばんなくていいんだということがわかってからです。
走るのは、脳の状態が瞑想と似ているし
自分との付き合いかたが如実に感じられるので
すごく修行になります。
そしてとても気持ちがいい。うん、気持ちがいい。
すごくゆっくりでも、歩くのとは違う感覚が楽しめます。
ところで、うちには『もののけ姫』のビデオがあって
見ました。久しぶりに。
元から好きだったけど
今回は、すごくわかりました☆
隅から隅まで見えた。
あれ、11年前にもう作っちゃったんだものね。
大人の人たちはついていけなかったんじゃないかな。・・・
私だって、初めて見たときはすごく重苦しかった。
生きる、ということは
時に生死を越えることなんだな。
生きるためにこわごわと生き延びるではなく
結果のために何かをするのではなく
その命を燃やすことだ。
その炎は宇宙の記憶に刻まれるのだ。
その炎は多分、美しい。
もののけ姫 DVD●ジブリグッズプレゼント●

夏へ向かう

春分の日にぼたもちを作ったのは人生初です。
夕方に買い物に行って
それからもち米炊いて
できたら夜になってて
食べたらおなかいっぱい。
晩ごはんになってしまった。
でもおいしかった。
こないだハンズで買っておいた
桜の塩漬けをのっけたら
桜ぼたもちになった。
売れるくらいおいしい^^

イベント×2

このごろますます仕事と遊びの区別がつきません。
土曜の夜は、うちのだんなさんがDJをするイベントに遊びに行ってまいりました。
2度目のイベントで、前回がとてもよかったので今度は私も告知しようと思っていたのに
すっかり忘れてしまいました。
今回は六本木のバー、インディゴというところでした。
とても楽しかったです。
だんなさんはDJ Mって名前なんですが
なんで?と聞くと「かざ、ま」と言います。
ちょーばかっぽいです。
ばかっぽいDJ Mですが
音のセンスもパフォーマンスもなかなかよいです。人気あります。まだ内輪だけど。
鍼灸師DJまたはDJ鍼灸師として活躍してほしいものです。
片づけを終えて帰宅し眠りについたのが朝8時過ぎてたと思うのですが
午後1時には起きて、だんなさんは鍼の勉強会。
そして夜はだんなさんも合流して
私の母の古希70歳のお誕生日会で、離散した家族が集合しました。
父も1週間前がお誕生日なので、2人分の会ですが
主催は父。
私は実家を出てからちょうど20年が経ちました。
20年、生きて来れたんだ、大人ですね、間違いなく。
まだ全然生活に慣れていない感じもするのですが
もう大人になってからのほうが長いんですね。信じられないけど。
ちらちらと家族のことは書いていますが
うちは本当に常に嵐のような家庭だったので
和やかとか楽しいとか明るいとかいうコミュニケーション形態が存在したことがなかったので
昨日は、もっとも記念すべき中村家の一夜でした。
というかもう、間違いなく奇跡でした。
私だけじゃなくみんなそう思っています。本当に。
私のからだの中には存在したことのなかった感情が渦巻いてしまって
なんだかわなわなしてしまって
それがいいものなのか悪いものなのかさえ
しばらくわからなかったくらいです。
でも、今朝になって
しあわせそうなお母さん、というものを見たのが
本当に記憶にないくらい昔のことだったのを
父にお礼のメールを書いていて思いだしたとたん
いきなり胸のわなわなが両目からぶわっと噴出したところで
やっと、そうか、それがうれしかったんだね、わたし。と、気づきました。
うちは問題をせっせと作るのは父だったり弟だったりするけれど(病気なので)
きっと私が悲しかったのは
それについて常に感情を害している母のことだったりして
もう手放したつもりではいたけれど
図らずも70歳になって、
今やっと一息つけたみたいと笑う母に出会えて
私は・・・・・・・・
私は、今、41歳になったちっちゃな娘として号泣してしまいました。
父は予約した店になんと3時間前から陣取っていて
私にもし早く来られるなら来てとメールして来ました。
3時間前ですよ!
やっぱりおかしいでしょ。
主人に、キ○○イだ~!とメールしたら
えーっ!狂ってるね!と返事が来たので
うん、きっとこれは愉快なことなんだ、と自分の中で確認して
母や弟妹に告げると
母は一瞬、やだわ、どうしよう、また不吉なことが起こるかも的な顔をしましたが
すぐに弟が(病気の弟が)「大丈夫だよ、お父さん意外と一人でも大丈夫な人だよ」と
すごくおかしそうに笑い飛ばしてくれたので
全員でゲラゲラ笑ってほったらかしておきました。
「兄弟って、不思議だね。
違うもの食べてるのに(って表現が突飛というか的を得てるというかですが)
通じてるね。つながってるね。」と弟が言います。
その意味は私たちきょうだいの奥深いところが知っているという感じです。
食卓にそろって私たちは、なぜだか突然とても父を誇らしく思ってしまいました。
まず母が思わず「あなたは仲村秀生なんだら、それでいいのよ」と言い
私と弟妹は子供のころよく父が連れて行ってくれた豪華なディナーのことや
バレンタインデーのダンボール箱いっぱいのチョコレートや
父がアフレコした洋画のことや
つい先日声だけ出たバラエティーの感想。
どんな家族のイベントもいつ父が爆発するかわからないので
びくびくと緊張していた私たちきょうだいの緊張が初めて解放されて、
思い出がすてきなものに変わったような気がしました。
きっと私たちはこうやって父を誇りに思いたかったんだろうな。
私が家を出た20年前は
家族全員が限界で疲れ切っていて
なにも希望が見えなくて
私と妹は夜中に家を抜け出し
行くところもなく
家の前の道路に座り込んで
「いつか」「きっと」
こんな日々があったね、と言えるときが来るのかな、よく映画や何かで見るように・・・と
ただ当てもなく話していました。
20年、それぞれが、乗り越えてきたんだな。
みんな、すごいよ。
しあわせのスタートラインに立つよ。