切なる願い


催眠をやっているととてもおもしろい特徴に気づく。
だいたいどんな人でも、本当の自分の願いに気づいていないということだ。
おとなになればなるほど、
どれが本当の自分か、本当の自分の願いは何かということに
思い当たり辛くなっていくようだ。
おとなはついつい、都合がいい、ということと
本当の願いを混同してしまい
都合がいいほうを優先してしまうからだと思う。
都合がいいほうを優先しても
それはアタマがエゴの力で自分に命令していることだから
実現するのはえらくしんどかったりする。
本当の願いに従事することは
しんどさを忘れるほど、ついつい夢中になってしまう。
セラピー中にクライアントさんの顔がいきなりぱっと輝くことがある。
きたっ!と私は思う。
そうだよ。それが、あなたの望んでることだよ。
わたしが輝くことをやろう。
わたしが輝く道を歩こう。
その道で起こることは
たとえ難しい課題でも
夢中で乗り越えられるよ。
難しくても嫌じゃないよ。
だってその道を歩きたいってことを
本当の自分がいちばん知ってるんだからね。
しあわせ、を形に示すのはとても難しい。
第一にそれは本質的に形ではないから。
それは、人それぞれの思いに宿るものだから。
でも、私は、みんながしあわせに生きようとすれば
地上にはある秩序が生まれると思う。
満たされると、無用にほしがらないというように
みんながなればきっと
地上に新たな希望が生まれる。
私はその世界を生きてるうちに見てみたい。
それは私の本当の願いだ。

ライブ ありがとうございました

昨日は、ご来場いただき本当にありがとうございました。
とても親密なリラックスした空間で歌うことができ
これまでにない気持ちを味わえました。
終わってからひとり地下鉄に乗り
胸があったかかった。
ほっとしたとか、ぐったりきたとかじゃなく
終わってからどんどんあったかさが続きました。
お客さま、主催者、出演者、そしてお手伝いくださった方々
すべての皆さんのおかげです。
がんばったのではなく
一緒にできたこと、が、しあわせです。
あるがままの私でいさせてくれて、本当にありがとうございます。
がんばってきた私を卒業できたきがします。
あるがままの私を、これまでよりずっとすてきだと言ってくださった方がいました。
「自分でもそう思うでしょ?」と。
「うん、そんな気がします。」
さて、そして、わたしは。

アキバ系

私には縁がない場所だと思っていた秋葉原に最近よく居る。
私が今演技を教えているのが、
アキバ系アイドルの女の子たちなのだ。
とはいっても、依頼してくれた方からは
内容もお任せで、厳しくやってくださいと言われているので
自分の中でこれは、という内容を、
舞台の基礎的なこと中心に教えさせていただいている。
生徒たちもとても真剣に集中して学んでくれるので
私としてもすごくおもしろいしエネルギーを注いでいる。
彼女たちはアイドルらしくとても愛らしいのだが
レッスンになると突然靴を脱ぎ捨てて捨て身の様相になったりする。
私が芝居の稽古をしていた時は
もちろん限りなく動ける格好でなければ、とてもじゃないけれどついていけなかったし
(そういえば、劇団の稽古にアクションの男の子たちが参加したことがあったけれど
彼らさえついてこられなくて
終わってから「・・すごいですね」と言われたことがあった。)
私たちは年がら年中、そういった稽古をやっていたのだ。
でももちろん、それを伝授するつもりはないし
服装も稽古着に着替えるわけではない。
もし生徒に着替えさせたいなら
私がまっ先に着替えて、ウォーミングアップして待ち受けるだろう。
でも彼女たちは私の一言一句聞き逃すまいと
全身でそれを吸収しようとしているのを感じる。
たった1.5時間の間にものすごい一体感や
意識の進化を濃密に体験するので
終わるとうゎーぁというため息が出る。
そこは養成所ではなく正式所属のプロのタレントさんたちなので、なのか
練習生や劇団の新人さんより遥かにできることが多い。
カンも頭もいい。度胸もある。
時々、そっかぁみんなアイドルなんだよなぁ・・そういえば・・
なんて改めて思ってみたりもする。
でもアイドルは自分というキャラクターを常に演じきり
即興でアクションしなくてはならないので
演技的にも高等レベルを必要とする。
私としても、学ぶことが多くてとてもおもしろいのだ。
それから、昨日は久々に高円寺の10年来のかかりつけ美容室へ行った。
都立大に越してからご近所を3件ほどジプシーしていたのだが
(だって、東横線の方がどう見たっておしゃれじゃないですか)
やっぱり思ったようにならなかったので
古巣に助けを求めて行ったのだ。
高円寺の巨匠はやっぱりすごかった。
二言三言、言うと、「こうしたいですよね?」って感じで。
私の好みがわかってるのもあるけど
よそでがんばって伝えようとしても
「それはつじつまが合わないからできない」とか「おかしい」と言われたりして
やってもらえないことが
そこではあっさりわかってもらえる。
その代わり、カットに入るとものすごく細かいところまで
丹念にやってくれる。
よそと比べてわかったけど、よそでは「髪型」に切るだけか
「雰囲気」に切るだけなのだ。
でも高円寺の巨匠は、「髪型」に切った後の調整の方に時間をかける。
調整は、私の顔を見ながら、私の髪の流れを何度もばさばさと振り
振り乱れたところでかっこよく決まるように細かくはさみを入れていくのだ。
かっこよく、というのが私の好みのところで
そのばさばさの状態で、ここが膨らんでここがすっ、となっていないといやなのだ。
でもそんなこといちいち言葉で言えないし
そこでもあえて言ったことはない。
多分私の表情とかで、それ!というのを飲み込んでくれているんだと思う。
そうやって出来上がったスタイルは
お風呂を出てドライヤーで髪をばさばさに振り乾かす間に
かっこよく決まってしまうのだ。
「そうやるのには結構手間とセンスがいるんですよ」と
彼は普通にまっすぐ言う。
そしてばさばさと乾かして最後まで調整すると
後はろくにセットもせずに帰される。
翌日シャンプーして乾かすと、昨日よりスタイルがよくなっている。
一ヶ月経つと伸びてまた別のスタイルになったりしている。
うーん。やっぱり高円寺を離れなれないな。