うちの子は・・

とうとうこの寒い冬を、一時も花を絶やすことなく乗り切ってしまいました。ずっとお外で。
なんていい子^^
もう次のつぼみが3方から膨らんでます。
ゼラニウムのゼラコさん。

Gyaoの【音楽】で

ラッキーなことにフジコ・へミングのドキュメンタリーと、何とかライブのクミコさんと上田正樹さんが見られた。
フジコ・へミングは、昨年彼女の自伝的ドラマを菅野美穂ちゃんが演じているのをちらりと見て(母を十朱幸代さんが演じていて激うまかった!)かなり共感してしまっていたところに私の事務所の社長からお誘いいただいて国際フォーラムで拝聴させていただきました。本当にすばらしかった。(一人スタンディングオベイションしてしまった。なんでみんな立ちたくならないの?)
それからすぐに本屋で彼女のエッセイ「天使への扉」を見つけて読んで、完璧に彼女は「仲間だ」とわかりました。何が?・・つまり、精神がとても似通っていてあまりにその心情を理解できたということです。
彼女の長く光の見えないトンネルと己の才能と言う宝ものとそれを背負った重み・・こんなことを書くとまた「おまえとフジコへミングを一緒にするな」とかいうどっかのオヤジの声が聞こえてきそうですが、もうそういう声には聞く耳を持ちません。そういうことを言う人は、自分の飲んでる飲み屋でフジコへミングがピアノを弾いていたってきっとそのすばらしさなんてわからないに決まってます。きっと「ピアノうまいけど、顔がぶすだな」とかデブだばばあだとくだらないことを言って自分のうさを晴らして終わりです。そういう人は真の自分の価値とか人生の豊かさとかに注意を払ったことがないのでしょう、たぶん。
私は自分のパーソナリティとか世辞には疎いですが、才能とかそういう神から授かったものに関してはよくわかるのです。強いて言い訳するなら私はそういう家庭に育ち、才能というものを目の当たりに暮らしてきたし、私の家族はみんなそういうことはわかります。
もっと言えば、才能とはすばらしいものだけどそれは天からの授かり物です。その人が偉いわけではありません。それを生かすも殺すも自分しだいです。それをエゴのために使えばそれは毒にすらなります。私はそれを腐らせない方法をひとつしか知りません。それは他に与え、奉仕のために使うことです。人は才能をあぶく銭のように使ってしまいがちです。するとそこには大きなしっぺ返しがやってきます。そうして多くの天才たちは何かに縋り溺れ、命を落としていったのです。ピカソのように、己の才能とうまく付き合い才能とともに偉大な人格に成長していった人は稀だと思います。なぜなら才能は人格が成長するより前にもうそこにあるからです。人間性の方は成長するのにとても時間がかかるのです。
フジコさんも長いこと自分に才能があることを知りながら、そういった言葉の暴力や世間の無理解に耐え忍んできたことが彼女の一言一言からにじみ出ています。
彼女の救いは本当に神のみこころを信じることと猫だけだったのではないでしょうか。
彼女の奏でる音には人生の大半をかけて交わしてきた神との濃密な約束に対する思いが込められています。諦めず、かといって誇示せず、知っていることだけを守ってきた彼女の真実だけがそこにあります。
シャンソン歌手のクミコさんを知ったのも確か昨年のことです。メディアに登場するようになって彼女自身まだそれほど経っていないはずです。
私が彼女を初めて見たのは彼女の持ち歌でなく懐メロ特番みたいなので彼女がフォークソングを歌っていた時でした。私はめったに他人の歌を「うまい」と思わないのですが(特に日本のテレビでは。子供の頃、上月晃さんが「メモリー」を歌っているのを聴いて「ほんとうまいなぁ」と思ったくらいで)わぁ・・この人歌がほんとにうまいなぁ、こんな人がテレビに出てるなんて。どこからこんなうまい人を連れてきたんだろう?と思ったのが出会いでした。
私はテレビをあまり信用していないので、無名のこんなうまい人を探し出せるはずがない。きっと昔から有名で実績のある人で私がたまたま知らないだけだろうと思ったのです。
でもそれから度々彼女をテレビで見かけるようになって、彼女の持ち歌を聴き、彼女の自伝的トークを聞いてなるほど~~~!と納得したのでした。そして、日本にもようやくこういう時代がやってきたのね~!綾戸さん、クミコさん、ありがとう!と思いました。
クミコさんの歌には本当に歌を体の中で練り上げてきた来た人にしか出せない奥行きがあります。こういう風に歌おうとか、人にこう見せたいとか聞かせたいとか、そういう欲みたいのがもう昇華されちゃってるんですよね。例えば今の彼女がステージに立って、今日はすごく元気がないとか、愛する人を失ったとか、癌で余命3ヶ月を宣告されました、とかいう時だったとして、ああもうどうなってもいいやと思う中で曲が流れ始め、彼女がとんでもないおかしな声で叫んだとしても、気の抜けた声で呻いたとしても、それは「いい歌」になってしまうだろうと私は思うんです。彼女自身は見た目もちょっといかした普通の女性です。歌もすごくナチュラルです。だけど私にはそういう、細胞一個一個切り離してもその中に歌がある、みたいな凄みを彼女から感じられるのです。
私が今毎日立っているステージは、今の彼女から見た長いトンネルの中と似ているかもしれない。彼女は今本当にやってきて、やめないでよかったあぁぁあぁぁ~と思っているだろうと思います。でもそのトンネルの中にも、いい時も悪い時もあっただろう。何かを掴んだ瞬間をたくさん体験したはずです。その体験の中で彼女の体の細胞はいっこいっこ開花し変容し進化していったのだと思います。
私がまもなく40歳になろうとして、私は歌一筋ではなかったけど、広い意味で表現者をどっぷり追及して生きてきて、今の自分に望むのはそういうことです。
細胞レベルまで変わってしまえばそのオーラはそう簡単には崩れない。
私はもともとオーラありきのタイプだったけど、そのオーラを肉体の細胞レベルに浸透させるにはやはり鍛錬以外にはないのです。
芸術におけるテクニックとはそういうことなのではないかと思います。小手先でこう見せるとかこうやって見せる、なんてのはテクニック以前のもの。ハートにあるものをハート任せに演じるのではなく、からだ全体がハートであるようになっている。その時表現者は真に自由に演じることができます。
どんな風に歌おうがそれすべてがその人であるかのように歌う。その声すべてがその人そのものであるように。
最近は酒場で歌っていても【わたし】に気づいてくれる人は結構たくさんいます。
きっと私の声が私そのものに近づいて来ているんだと私は思うのです。

今年の目標達成のために

満月まであと二日。
今回の満月はしし座で起こるので、しし座生まれの私のさまざまな思いが現実化するタイミングだそうです。
月は午後から明るい空に大きく美しく上り始めました。
夕方月のエネルギーを浴びに平和の森公園に行ってきました。
こういう時は思いや願いにとても注意を払わなくてはなりません。
うっかりいらぬことまで願ってしまうとあとでたいへんだからね。
心を静かにして、魂が本当に望んでいることだけを月に伝えます。
空気は春のように優しく、久しぶりに体や頭の中身までが緩んだようでとてもいい時間でした。
きっと今日思ったとおりになるでしょう。
今年の始めに私は、今年は天使とお話できるようになるんだ、と口に出して言っていました。
その思いは強くなるばかりなので、大好きなRED ROSEの万美子さんお勧めの本を注文しました。
そうなんです。思いはかなうけど思っているだけではだめなんですよね。
あることを願うと、達成のために必要なステップがチャンスとか障害とかいった形でやってきます。私たちはそのステップに乗っからなければならない。そこで私たちのエゴはこう言います。
「私はこのやり方じゃないほうがいい。これは私の願いとは関係なさそう。もっと近道がいい。望んだものとは違いすぎる」
でも、大体においてそれは思いもよらない方法でやってくるもの。
まずはだまされたと思って、やってみるのが近道。
でも今回の私の場合はそんなに意外な方法じゃなかったけど。万美子さんのブログで見て、それからなんとなく心に引っかかってたらまた万美子さんのメルマガでお知らせが来たんです。
ただ疑い深い私は大体何度かは疑ってみるんですよね。本当に買う価値が今の私にとってあるのかなぁ、がっかりしたくないもんな・・って感じで。
そのあたりが人間っぽいんですよね。世の疑い深い人間の気持ちわかります。
でも結局メルマガが来た時点であっさりいきました。
もう一回躊躇すると直感が鈍りそうなので。
明日届くので楽しみです。結果はまたね。

お掃除はきれいの基本

あれは何に利く!式のオプションをくっつけていくのって私あんまり得意じゃない。無くして行くのが好きです。
いの一番に大事なのは心のお掃除です。これなくして美はありえません!って私は思ってる。
年をとって、余分なものはどんどん捨てて行こうと思っていたら体脂肪と体重が少しずつ少しずつ減っています。おもしろいものですね。
顔のお肉もずいぶんなくなったなぁ。私いつも思うんだけど、女性は顔のたるみをすごく気にするでしょ。確かに下がるけど、マッサージとかで一生懸命上に上げようとするのってどうなんですかね。私は顔の筋肉を鍛えるのが一番だと思う。だけど家の中で一生懸命顔の筋トレするのもたまにはいいけどしょっちゅうはやだなと思う。私は笑顔が一番利くと思います。
私はこんな風にイメージします。年を重ねるごとに、心は壁を取り払い寛容になる。するといやなことや耐えられないことは減ってくる。許せるようになる。感謝の心が湧く。すると他人とかかわる時、もちろん一人のときも穏やかな笑顔になる。笑顔で過ごす時間が増えていくわけですね。すると年齢とともにお肉は下がるけど筋肉は美しくなっていくわけです。
それから私は、その筋肉が支えられないほどのお肉は下に落ちてしまえと思います。質のいいオイルでやさしーくマッサージする時、いらないものを首のリンパに持っていってしまいます。つまり私のマッサージは上から下です!だってそうでしょ?いらないものをいつまでも抱えておこうとするから支えきれずに下がってしまうんだもの。逆らわない方がきれいだと私は思うんですよね。体も同じです。
確かにむちむちしてた頃より胸も小さくなったけど、大きくても下がるもの。桃井かおりさんが賢いおっぱいって本出したけど、私のおっぱいも賢くて好き。昔よく研ナオコさんが胸がちょー大きく開いたドレス着ていて胸がぺったんこですごくきれいだった。芝居やってた時から私なんか胸とか邪魔でね、ものすごくトレーニング激しくやると汗異常にかいて一ヵ月半稽古するとおっぱいなくなってたね、本番の頃。で、衣装はノーブラで大丈夫だった。そういう、なんていうの?ちょっと人間じゃなくて妖精みたいなのが好きなんだね・・・。ま、この辺は好みなんですけど、自己肯定も心の美容にはとてもいいと思います。
あとお肌はね~私、36歳からきれいになり始めたからね~。これは本当に教えてくれた友達に感謝するしかないです。とてもいいオイルと植物の精油とエキスと、寒天でできた化粧品があるんですが、それを使い始めてからです、子供の時以来の本当の自分の肌が戻ってきた感じです。
にきび、にきび跡、ざらざら、きめ、しみ、たるみのすべてに改善が見られます。多分ここ最近知り合った方は生まれつきずっと肌がきれいな人なんだろうと思っているんじゃないかな。首から下は確かにきれいなので、今は顔が首から下に近づいていってる感じです。でもこの化粧品と出会ってなかったらどうなってたんだろうと思っちゃいますね。化粧品なんて全然信じてなかったんだけど、これは本物でした。植物ってほんと私たちの体にいいんですよね。食べても肌につけても。もちろん質のいい植物!
あぁやっと眠くなってきました。本当は夜更かしは美容最大の敵!でもね、まぁいいんです。だって自由な時間じゃないですか。(なんでも自己肯定)
ではまた!

思えば通ず☆

楽天ブログを始めてから、新しい出会いがありいろんな方からメッセージいただいて楽しく思っていたのですが、自分からももっと出会いを求めてみようかな、なんてふと思い、reinaさんとこからテーマ伝いにひょっと飛んでみたところ、すごくかわいい女の子の写真。タイトルはアンチエイジングは腸の健康から・・ん~私の腸大丈夫かしら?なんて思いながら、それにしても素人さんでこんなにかわいいなんてなぁなんて思いつつ年齢見てびっくり37歳(ま、それでも私より2歳若いんだけど)一児の母(ここは違うわ)カイロプラクティック開業・・へーなんか縁があるかも・・なんて思いカイロの方のサイトに飛んでみたら、なんとお友達だったのよね。
もともと女優友達の友達で、なんというか、私としては今の私につながる重要な場所に導いてもらったと言うか、以前いたプロダクションを紹介していただいたマネージャーさんを紹介していただいたり、初めて銀座を紹介してもらったのもこの方だったんですよね。
彼女は不思議な力ある、魂の仲間の一人だと思います。
だったらもっと早く気づけって感じなんですが、まさかこんなところ(ブログ上)で会うと思わないから全然気づかなかったです。
彼女にお世話になったのは女優とか仕事とかプライベートでも本当に路頭に迷った時期だった。彼女も精神的な意味でかなりの修羅場を乗り越えてきた人だと思います。私がこれは(私と比べても)ヘビーだなと思った人ってそんなにいないですが・・前世療法のクライアントさんでは何人かいたけど・・彼女は私が影響を受けた人の一人です。
出会いはやはり偶然じゃないね。
よく世間では、芸能界とセラピー(癒し、治療)なんて正反対じゃない、なんでそんなことやってるのと言われたりするけど、私の周りではそういう人がとても多いんです。でも芸能界=テレビとか競争とか汚いみたいなイメージを離れ、芸事、芸術とイメージしていただくと根本は「浄化」なんです。
芸術は魂の浄化、神の遊びなのです。人は魂から離れ、エゴの欲求ばかりに気をとられるとバランスを崩してしまいます。私たち人間は文明が始まると同時に文化(精神文化=芸術)とも親しんできました。そうやって心の浄化をはかり、自分の中心にいるバランスをとってきたのだと思います。
現代はいろいろな情報がばらばらに切り離されてしまっています。でも統合に向かう動きもどんどん加速している。それは、統合しなければ!と思う一人一人の人間が意識し、「バランスをとる」生き方を実践することに他なりません。
自分の中心に戻るとは魂の声を聴くことだと思います。そしてその様に生きることです。
ピース

完全無料パソコンテレビ

パソコン復活からあれこれ探索して見つけたGyao。テレビCMでやってたやつ。ほんとに簡単に無料で映画が見れちゃうのね。(そりゃそうだ)でもちょっと嬉しい。ラインナップは多くないけど、レンタルしてまで見ないかなって映画が見たら意外と良かった、なんてね。
ちょこちょこと見てたんだけど、「モリー先生の火曜日」って良かったです。ジャック・レモンの遺作です。
アメリカ映画の良心、と私は思った。
私はなんだかんだ言ってもアメリカ映画が好き。アメリカ映画に描かれる愛が好きです。
スピリチュアルな愛や真実について書かれている本はアメリカから来るものが多いです。映画にも共通するスピリットが流れていると思う。
そこに描かれている愛とは単に男女の愛だけでなく、家族、友情、人間愛、生きとし生けるものにあまねく流れる愛です。
モリー先生は「人は愛がないと死ぬ」と言います。
私は単純に心を打たれます。人生をまもなく終えようとしている老紳士が、人は愛がないと死ぬ、と中年になろうとしている元教え子にレッスンするのです。
私たちの身の回りで、年老いて病気になり死を迎えようとしている老人が若者に「人は愛がないと死ぬんだよ、人生はとまってくれない。愛を生きるんだ」なんて教えてくれたらどんなに素敵だろうと思います。
私たち人間はそういう先輩を必要としているのではないでしょうか?
「死に方がわかれば生き方がわかる」これも本当に真実だと思います。
昨日もある方とそんなお話をしました。私は前世療法をたくさんやらせていただきそのことを教わりました。前にも度々書きましたが、幸せな死の種類は二通りしかありませんでした。家族の愛に満たされて死ぬか神の愛に満たされて死ぬかどちらかです。或いはその両方、いずれにせよ大元はひとつだということです。
人間は忘れたふりのゲームが好きです。何を探しているのかさえ忘れます。
でも愛を生きることは退屈でも怖いことでもない。遠くまで探しに行く必要もない。ただ単にそこからスタートすればよいだけのことなのです。

わが愛しのチャイ

チャイにはまってます^^もともとお茶大好き。でも甘い飲み物は以前はあまり近づかないようにしていました。この冬初めてのチャレンジ(?)です。
高円寺を知ってる方なら誰でも知ってる元祖アジアンショップ、私も大好きなむげん堂でゲット。15杯分で300円しなかったな。この一袋をさっき飲み終えたところです。
チャイはミルクティーベースでチャイマサラというスパイスを加えたものです。シナモン、しょうが、カルダモン、クローブ、ブラックペッパーなどがミックスされたのもが売られています。
私は砂糖じゃなくオリゴ糖であま~くしています。
ミルクティーは豆乳で作ったりもしますがこれもかなりいけます。
マサラに含まれていますが、私はチューブのおろししょうがも3センチくらい加えます。
今ブームのデトックスドリンクと言えるんじゃないでしょうか。
これが本当においしい。インドとか暑い国の飲み物だけど、寒い冬に本当に合います。
実際からだがとても温まり元気が出ます。朝ごはん代わりに飲んでも結構エネルギーになってくれます。
なにより一口ごとにおいしいので幸せな気持ちになります。
こんなすばらしい飲み物があったなんて~って感じ。
最近はコーヒーよりチャイが私に元気をくれてる。
でも一度コーヒーにチャイマサラを少し加えてみたんだけど、これも結構いけました。
コーヒーは波動を下げるとかって言われてるけど、本当なのかな。
私は最近動物のお肉が以前のように食べられなくなりました。
肉も波動を下げる食品の代表格だけど、以前は食べたほうが体調が良かったので体を信頼してよく食べていました。
最近、生ものや肉であたったというか消化しきれない違和感というかそういうのが続いたんです。
私は基本的に禁じることが嫌いなので悪いと言われていても体と直感優先で行きます。
野菜が体にいいのは本当に本当ですね。心も体も絶対上がります。
すべてはステップバイステップなんだな。
すべての中の神に祝福を。

カゼ悪化です でもわりと元気^^

毎年12月には使い物にならないほどのカゼをひき続けるというのがここ数年のジンクスでしたが昨年末には辛くもそのジンクスを打破、しかしここへ来て典型的なカゼにやられてます。
でももちろん仕事は休まない。オーディションにも大雨の中行って来ました。
最近発見したのですが、私は長いこと精神的落ち込みはカゼの症状の一部だと思っていて、しかしそれは大きな誤解だったことがわかりました。心安らかにカゼをひくことも可能なんですね。
私が育った家庭は超神経質紙一重声優の父中心に回っていましたから、子供がカゼをひくとそれは「悪」という捕らえられ方をし、父は逆上子供は隔離母には疎まれるという状況だった上、当の父からでっかい扁桃腺を譲り受け、しょっちゅう高熱のカゼをひいては3兄弟が順番に寝込むということを繰り返していました。
そんな時は家中の空気はピリピリし、子供はびくびく、苦しい熱にうなされながら罪悪感にさいなまれたものです。ああなんという悲劇。
こういう気持ち、わかってくれます?きっとほんとに限られた人にしかわかってもらえないと思う。
それで私なんぞ30歳をとうに過ぎもはや40歳を目前にしても、カゼをひくと罪悪感やら寂しさやら悲しみに打ちひしがれるというおかしなトラウマを引きずってしまったのでした。でもどうやらそんな呪いもその力を失おうとしているようです。おお、神よ!
でもこの「安らかな気持ちでカゼをひける」という状況はまさに潜在意識が癒された証拠ともいえる状況でとてもめでたいことです。
はぁ~世間の人ってカゼの時こんなかんじなのかなぁ~なんて感心しちゃったりしてね。中にはカゼひくとお母さんが優しくてアイスクリームが食べられるから嬉しいなんて言ってる人いるもんね。
そういうのんきさというかのどかさと無縁な半生を送ってきたとは見えないこの朗らかな私の容貌によって時に他人からいらぬ詮索をされいらぬストレスを頂戴したりして。そういう人は知らないんだ、私の20代の顔を。ほんっとに老けて憂鬱な怨念とかがぴったりなおもたぁい顔してるんだから。どんな努力と忍耐の挙句、今の私を獲得したかわかるものかと思う。聖子ちゃんがよく整形しまくってるとか言われてるけど、そんな比じゃないんですから。もちろん私の顔は天然です。私は精神力とイマジネーションで顔を変えました。
ああ、やっぱりちょっとひがみっぽい心情になってるかもな。そうは言ってもやはり心と体はひとつですもんね。
もうすぐまた元気になります。
ところでそろそろヘアをいじりたいのですが、どんなんがいいかなぁ・・
長い前髪はすっかり定着しました。小学校5年生以来のでこ出し。
あとねぇ~新しいドレスがほしいです!!衣装がたくさん必要!
宇宙にリクエストちゅう。
あと、春には映画の話が決まりますように!!絶対。

久々のCMオーディション

が明日入りました。ちょっと扁桃腺が腫れて調子が良くないけど・・なんとかいいお顔で臨みたいです。
今日は雨だけど、ちょっと空気もしっとりして喉や肌に優しくしてくれてるみたい。
風邪撃退のため、なべ風おそばを作りました。まず昆布でだしをとり、長ネギとしいたけを刻んで入れます。めんつゆを少しと味噌と豆板醤としょうがをちょっとで味付けし卵を落として半熟に、そしてゆで麺投入。うどんやご飯でもうまいです。
昆布の水溶性繊維はカロリーの過剰摂取を抑えてくれるそうなので美容にもよいそうです。(あるあるより)
それにしても私のような仕事や生活には風邪ってほんとにコワイんですけど、ここ2年間週に3~4日歌う生活を続けてきてようやく、風邪でも扁桃腺腫れても熱があっても歌える自分を体験できたのはとても大きな支えになっています。
そういう強さが私にとってはとても必要だったんだと思う。
うん、何事も勉強だな。

神は証明を必要としない?

即ち神を試す必要はない。けれど私たち人間のほうはいつも神に試されているみたいな気がするもの・・・でも違うな。神を疑い試したいがために私たちは試されるような出来事に遭遇するのだ。遭遇したと感じるのだ。完全なる神の懐に抱かれている人にとってはそれは試練ですらないんだろうな。
私は今年の年頭にあたって浮かんだ抱負が「今年は天使さんんとお話したい」でした。私はかなり疑いぶか~い人間だけれども、天使の存在についてはすごーく納得がいっちゃってるので信じてるんです。ですからもういつだって、彼らに助けてもらったり願いをかなえてもらったり、彼らなしには私の生活は成り立たないくらいの家族のような存在なんです。
まるで一緒に生活してるかのように彼らのことが「わかる」んだけど、面と向かって彼らとお話したことがありません。彼らは慣れ親しんだ空気のような存在(まさに!)なので私が彼らのことを気に留めなければまるでいないかのようになりを潜めています。
ですから以前は困ったとき苦しいとき恐怖に曝された時にばかり彼らを頼っていましたが、彼らは文句も言わず私に付き合ってくれました。
そんな彼らとの付き合いが続くにつれ、私は彼らに心から感謝と親愛の情を抱くようになりました。今日一日、なにか心が満たされるような、他人との心のふれあいに出会えた時、人の掛け値ない優しさや深い気づきに出会えた時、私は心の声高らかに彼らに感謝を伝えます。なぜならそれは私が常日頃心底願い、そんな日々を送れることを切望し天にリクエストしていることだからです。
もちろんそのことを「天使抜きに」説明することもできます。人の思いやイマジネーションはそれを実現するエネルギーを持っています。心から抵抗なく同時に否定することなく願えばそれは実現します。ですが、人間には利己的な欲望というものが大いにある。利己的な欲望を無理にかなえてしまうとそこにはひずみが生まれます。利己的な欲望は物質の法則の中にあるので、どこかから奪ってこなくてはならなくなります。Aさんが豊かになるにはBさんが貧乏になるってことです。私はそういうのはあんまり嬉しくないので私の豊かさは無限の宇宙からいただきたいのです。
天使にお願いすると、その辺のフィルターをうまく使ってくれるように私は思います。あれもこれもとなってしまった時でも、本当にほしいものがとてもいいルートでやってくるように思います。同じ物での心のこもったやり方だったり、それを手に入れるために行ったことが自分の成長にとって役立ったり、自分の進化につながったりというように。
私は最近思うのですが、ニューエイジのせりふに「努力なしに」「がんばることなしに」できる、というのがあります。その意味をずっと考えたり試したりしてきました。私は今はこういうことじゃないかと思うのです。
それは「本当の自分を押さえつけたり殺してしまうことなしに、できる」ってことなんじゃないかしらって。
自分が本当になりたい自分になるための努力はすばらしく楽しいものです。
また、自分以外の人=他人の心を本当に思いやるということは深遠で一朝一夕にはできないことだと思います。けれどそういう自分でありたいと願うこころがありさえすればおのずとそれを学ぶに必要なできごとに出会うことができ、それを拒否することなく受け入れ乗り越えさえすればなりたい自分に「自然に」近づくことができます。
受け入れ乗り越えることは時に痛みや苦痛を伴うことが実際あるでしょう。でもそれは、本来の自分を押し殺し、無理やりに自分を曲げたり心を押しつぶしたりして「がんばる」「努力」とは違うはずです。魂は私たちの体の奥底で必ず喜んでいるはずです。
天使はこういうおはなしがきっとすきです。私たち人間が天使のことをささやき、心を輝かせときめかせているところに来ては祝福の「粉」をまきます。
その粉は地球をきらきらと輝かせます。私たちの笑顔と同じように。