これはアップしておきます☆

すごかったです。
こういうことがきる人が現実に出てくるとは・・・
http://www.ustream.tv/recorded/14153702
携帯で映像が見られない方のために少し。
ソフトバンク、孫正義さんが
民主党各位を招いて復興ビジョンのプレゼンをしている
インターネット配信の映像(Ustream)
4月20日のものです。
被災地で流してほしいくらい、勇気と希望をもらえます。
孫さんのプレゼンですごかったのは
政府をまったく糾弾することなく
むしろ政府をも赦し救済する内容だったことです。
また孫さんに泣かされました。

平和をつくるとはどういうことか

連投します。
「原発がいつ止まるか」によって
今地球上で暮らすみんなの人生のトーンはだいぶ違ってきます。
私は祈る時に、物事の変更は願いません。
祈るのは神への愛と内なる平安、
そしてすべてが気づきと真の幸せへと向かうこと、だけです。
ですから、物事の変更、例えば、原発が爆発してほしくないな、と思うなら
爆発しないですむには、どうなればいいのか、ということを
自分の頭で考えます。
それは、神のみぞ知るでしょ、と思われるかもしれませんが
それは、神が管理していないことです。
原発は人間が作り人間が運営していて人間が使っているもので
この世でのあれこれの後始末だけ神に任せるのは筋違いなのです。
この世のあれこれは、因果律の元に現象化していますから
私たちにできることは、刻々と事象化している事実の因を変えること
簡単に言えば、心を変えること。
それから、その心に嘘がないよう、行動する(言葉、態度など)ことです。
それにはまず今起きていることを受け入れ、認め、しっかりと見ることから始まります。
そして今起きていることがどのような因から来ているかを見定めます。
原発事故に関して言えば、これは人間の強欲、傲慢、利己主義が大きいと思います。
それは、一部の人のであって自分は被害者だと感じるかもしれません。
そんなにおおげさなことではない、たいしたことはない、と感じられるかもしれません。
たかが電気のことじゃないか、と。
でもそれが、本当はそうではないことに気づければ
事象すなわち果は変化していきます。
一部でなく、すべての人間の中に潜む同じ心に大勢が気づく必要があるから
誰もがかかわりがあって、避けて通れない、今の結果が起こっています。
今日本で、これはいかん、何とかしなければと
みんなの問題を自分のこととして引き受ける覚悟をした人は
まだ半数に満たないようです。
これまでもなんとなく生きてこれたし、これからもそんなもんだろう、
私はこれまでの便利で平穏な生活ができればいいんだ、と思っている人がまだ多いようです。
スピリチュアルの教えの中に、
自分の心が平和なら、投影である世界も平和だ、というのがあります。
だから、騒いだり、怒ったり、ことを荒立てて
世の中を変えようとするやり方は間違っていると思う人もいるかもしれません。
けれどそのように考える場合の平和は、勘違いだと私は確信しています。
なぜなら、そこで言う自分の心の平和は
この現象界にある二元性の両極の中の平和に見える部分だけを切り取って
そこだけに意識をフォーカスして「平和だ」と言っているに過ぎないからです。
本当の平和ではないから、外からの刺激であっという間に崩れてしまうので
何も感じないように心を閉じてしまっているに過ぎません。
真に心に平和を持つ人、真の平和を作る人というのは
現象界のどのような場面を見ようと、どのような場所に立とうと
内なる神の平安、神の御心から外れずにいられる人のことです。
そのような人の世界は地獄の光景の中にあっても平和です。
ですから、瞑想がだいじと言われるのは
そのような人に近づくよう、心を神とひとつにしておきましょうということなのです。
起こっていることを見ないで、必要な対処をしないで、見たいところだけ見て
私だけは平和でいようというのは、スピリチュアルとして勘違いであるだけでなく
人間としても道に外れることになるでしょう。
さて、今起こっていることからの学びに多くが気づくことで
全体の受ける痛みは小さく済むように、というのが私の小さな願いです。
人間が積極的に、率先して、建設的な方法で悔い改めて現在の問題に取り組めば
この難局も少しは優しい肌触りで切り抜けられます。
なにより、人間が人間に対して誇りや希望を失わずに済みます。
次への一歩はそれだけ早く前へ向かって踏み出せます。
逆に、このまま欲望のままに、過去を改めずになるように任せるなら
今進行しているシナリオはもちろんそのまま続行です。
一部の気づいた人たちが懸念している、
多くの人間に多大な痛みと悔恨の傷跡を残す道が
もうすでに明らかに示されています。
シナリオはもうすでに続行しているということに気づいてください。
ですから、気づいた人から変える必要があるのです。
(大きな痛みのほうがいいという選択をするなら別ですが)。
ですからどうか、大切な人と話し合ってください。
そして互いが理解し、決意できるように努力してください。
今起こっていること、そして今続行しているシナリオ、
私たちが選択可能な未来をみつけて、決めて、そのことを伝えてください。
愛とともに平和を作りたいと願うすべての人へ呼びかけます。

その声は・・・

前回の日記の、お花の写真からのヒーリングをお受け取りくださりありがとうございます。
もし良かったら何度もお受け取りください。
日々チャージしていきます。
また時期を見て更新したいと思います。
昨夜寝ていて、突然言葉が聞こえて目が覚めました。
その言葉に驚いてしまい、そのあとしばらく眠れませんでした。
聞こえた言葉は「核の冬」。
とても大きな声で頭の中で響きました。
いったいなんなんだろうとびっくりして、
確かに聞き覚えのあるその言葉について思いをめぐらせました。
自分でもすっかり忘れていました。
先日の日記で、88年に原発がバックボーンの芝居をしたことがあると書きましたが
玉川大学の演劇専攻に在学中、学内で旗揚げした劇団の最初の公演は
1986年、アートシアター新宿という劇場で
「黄昏時の伝説~終末を楽しく迎える方法」
という芝居でした。
核による汚染によって人間が滅びようとしている中、
政府はパニックや反乱を制御するために
終末を楽しく迎えるキャンペーンという政策を行っています。
365歩のマーチにのって、終末はみんなで迎えれば恐くない、みたいな洗脳をします。
不条理な設定です。
政府の人間はもちろん自分たちの身の振り方は準備してあります。
なんだったのかは忘れましたけど。
それに危機感を抱いた反政府のグループは
プレアデス星雲に人類が移住可能な星を探しにいきます。
家族を捨て、人類の希望のために
コールドスリープとワープを繰り返して旅するというもの。
私はその宇宙船の乗組員、聖(ひじり)さんの役でした。
一方地球では、愛の使者や黒い闇という存在が暗躍し
恐れを逃れるためにただ踊るだけの人や
日常のドラマを続けるために必死の人、闇と戦おうとする人、政府に取り入る人など、
いろいろな人が出てきます。
人間がそれぞれの立場から、生きる意味を模索し、対立が起こり、戦いがあります。
その中で、必死に生きる人の思いが交錯し、
多くが死に、仲間を葬りながら私が言うせりふは確か、
「子供を作るのよ、たけだくん。」だったような気がします。
やがてはその地球も「核の冬」という現象に見舞われ
地上は氷河期に入り死の灰とともに人類は絶滅します。
しかし、その氷河の中にも生命の息吹は残され
そこから地球創世のときのように時間をかけて進化をし
何億年がたち、やがて、最初の人間が生まれる、というところまでが描かれていました。
若くはちゃめちゃな芝居だったのですが
見てくれた人から「ナウシカみたいだった」という感想が多く聞かれました。
私は演出助手をつとめ、台本の清書もして
その裏書に確か、参考文献「核の冬」と記したのです。
それ以来核の冬という言葉を思い出したことは多分一度もにありませんでした。
20歳になりたてのときのことです。
核の冬は、放射能の死の灰によって太陽の光が地上に届かなくなり氷河期になるという説で
80年代に発表されています。
それが25年もの歳月を経てなぜ夢枕に思い出されたのかわかりません。
この芝居がそういう設定だったことさえ思い出すことがなかったというのに。
潜在意識の記憶のどこかから出てきたのでしょう。
それにしてもさらに驚いたのが
その芝居で政府がしていた荒唐無稽なキャンペーンが
まるで今行われている隠蔽や情報操作、洗脳、マインドコントロールと
重なって見えることです。
その芝居を通して私が感じたのは
それでも人は美しい、ということでした。
やがてはすべてが過ぎ去っていきます。
残すものは本当は何もないのです。
敵対した相手も、かかわりを持たずにすれ違っていった人々も
やがては魂のふるさとへ帰る仲間です。
誰もが創造活動をしている同じ劇団の仲間のようなものです。
ただ、遠く宇宙の記憶に、私たちは何かを刻んでいきます。
意識し、選択し、刻むことが私たちにはできると思うのです。