まず神の王国を求めなさい

相変わらず、スピリチュアルと世間で言われていることのぼんやりした全体像と
引き寄せの法則とホ・オポノポノブームには違和感を感じている。
でも中途半端なことを言っても反感を買うだけだと思うのでなかなか言葉にできなかった。
一つ一つは別にそれでいいのだと思うんだけど
それで人間が本当に幸せになったり、求めているような世界を作ったりするのかと言えば
そのとおり!とは言えないと思う。
いつも思うけれど、ツールとして役に立てることはできるけれど
それはあくまでツールなのだ。
現にツールとして、クライアントさんにはお勧めもしている。
ついでに言うなら、スピリチュアルで社会的に成功するとか
お金持ちになるとか、健康になる!というスローガンにすら違和感を覚えてしまう。
もうこんなこと言ったらセラピスト失格の烙印を押されて
追放でもされそうな気さえするけれど
でも、もう引き返すこともできない。
だってここへ来てその違和感は私の中で確固たる真実味をおびているからだ。
私は自分自身が世間の一般的な価値感や尺度とは結構違う育ちをしているし
自分がスピリチュアルの世界へ導かれてたいきさつも
決してみなさんには当てはめることができず
お勧めはしないけど私はこうだった、という風に捉えてきたので
この部分がいったいどうなんだろうというところまでは行き着かずに(行き着かせずに)
来たのかもしれない。
私の中のどこかで、それでも一応の成功とか、一応のしるしとか、
そういうものが訪れてから考えてみればいいと思っていたのかもしれない。
でもどうやらそれももう、私には必要のない概念だったという状態になったようだ。
いらない、ということを受け入れて、薄々感じていた違和感を受け入れると
驚くほど私の中身はすっきりとしてしまった。
スピリチュアルに興味があって勉強している人の中に
どれくらいそれによって人生を変えた人がいるんだろう。
勉強しているうちにサイキックの能力が開花して
自分は進化した、と思っている人もいるかもしれないし
その逆の人もいるだろう。
だけど、スピリチュアルって生活家電みたいにちょっとづつ生活の中に取り入れて
生活が便利になりました、とか、シンクロが増えて楽しくなりました、とか
そういうことではないのだ、と、私は思います。
私はそうではありませんでした。
本当に、心底エゴの法則のこの世を生きることに絶望していました。
このことは何度も書いているけれど
これまで私は、私の場合はその辛さが半端なかったからな~
みんなそういうわけじゃないし、と思っていました。
ですが、多分、どんな人でも、エゴの法則で成り立っているを捨て去り
愛の法則である世界に生きない限りは
本当の幸せ、本当に満たされて生きること
目覚めて生きることなどできないのだとなぜだか今日はっきりわかりました。
エゴ、と聞いてわがままとか自分勝手を連想してしまう人は
まずここでのお話しは理解できないと思う。
まず、エゴとは何かについて学ぶ必要があります。
私がいつもお勧めしているマインド・トレーニング
エゴの性質を学び、
まず自分のエゴに気づき再教化するのにとてもいい入門書であり決定版だと思います。
瞑想のやり方もたくさん載っています。
当時はこれが瞑想だともわからずにやっていました。
それと最近、ニュー・アースを入手しましたが
これは人類に対する新しい段階の試みだと思いました。
読み心地はあまり良くないかもしれません。
でも多分、必要です。
最初はなぜ今さら「目覚めよ!」なんていう言葉で呼びかけるんだろうと思いました。
ですが、多分これが真実なのだと思いました。
私個人の話ですが、最初に出会った本で多分これが真実だと思ってから
すぐに実践したことがあります。
その本には、意識の4段階というのが書かれており
最も深い意識を超意識(神とか大いなるものと呼ばれているもの)と呼んでいて
その世界は完全なる調和によって営まれている。
完全なる調和を生きるためには、
霊の理想(第一の理想)を生きると決めなさい、とありました。
そしてその霊なら実際にどのようにこの世を生きるだろうと想像して
それを決めなさい。(第二の理想)
そして、それを紙に書き、そのように生きなさい。
それがどういうものかわかるかどうかは重要ではありません。
つまり自分の魂の在り方を決めるということです。
そう決めて生きると、それを知る体験をすることになります。
このことは、ツール、ということと少し違うような気がしませんか。

こちんだと読みます

昨日はすばらしいお天気で
思わず自転車でおでかけ。
アグリハウス東風平(こちんだ)という野菜の直売所まで走りました。
道のりは坂道の連続。照りつける紫外線の中、無事完走です。
かなり大変なので、よい子はまねしないでください。
決してお勧めしません。
沖縄ではそもそも自転車に乗ってるのは
おじーとこどもしかいません。
女性は働き者なので、昼間からぷらぷら自転車に乗ってる人はほぼ一人もいません。
すれ違うのはおじーとおとうばっかり。
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南の島の道っぽくないですか?
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南国でしょ?
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そうだ、デイゴ、教えていただいたんですが、これもそうなのかな。
枝ブリがちょっと違うんですよね・・・
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なんとかヤシ。コーヒーの実みたいなのがいっぱいついてておいしそうです^^
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全部ただの国道の歩道なんですけどね。
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そんでこれ!くだりはいいけど、帰りは野菜背負って登りきりましたよ。
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下から見上げた絵もすごかったけど、シャッター切ってる余裕が心になかったです。
なにやってるんだろーわたし^^

人生を変えたいか

いったい今現在、地球上でどれくらいの人が
人生を変えたいと願っているんだろう。
私もかつては人生を何とかしないと大変、と思っていたし
現実大変で、生きた心地はしないし生きてること自体が苦行だと感じていた。
それで、今は変わった。
つまり、この世は生きるに値する、と感じるようになった。
まさに天と地、天国と地獄くらい違う。
あれ?今天と地と書いたら天国と地獄は天と地のことだったのか、と思ってしまった。
そういうことだったのか?
さておき、地にあって天のごとく生きることが幸福なのだと思う。
(地が劣っているという意味ではありません。)
先日ある方から質問をうけたのだけれど
「この方法で地獄を天国に変えた、というような方法はありますか?」
私は意識の仕組みを知りたいと求め、知ったこと、
そして自分の意識を変化させることに取り組み実践したことだと思う。
その方法はいろいろとある。
一番基本はやはり瞑想だと思う。
いきなり瞑想、と言ったって雲を掴むような感じだけど
それでも、やっぱり私は瞑想をしたほうがいいと思う。
今すぐには実感できなくてもその種は確実に育っている。
意識の中に。
ホ・オポノポノはかなり普及したけど
これは潜在意識をチェンジさせるための方法を最高に簡略化している。
そして潜在意識の仕組みを明らかにしている。
ヒプノセラピーは数ある中の一つの方法ではあるけれど
潜在意識にさらに積極的に細かく深くアクセスする手法だ。
仕組みは瞑想と同じで、ナビつきの瞑想のようなものなので
瞑想をしたことがなくても、瞑想できたことになる。
日常に瞑想を取り入れたい人の入門にも最適だと思う。
・・・人生を変えたいかどうか。
私は今は人生を変えたいとは思っていない。
人生はいつでも選べるということがわかっているからだと思う。
と言うより、人生は本当に瞬間瞬間の選択の連続だから
そのすべての選択肢に対して自分が完全に自由に意識を開けることが
しあわせなことだし、それが本当の私なのだと思う。
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写真は妹が描いたアジのひらき。
お花が咲いてるみたいですごく好き。

妹はプレアデス

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今日の美々ビーチ。
それほどぱっとしないお天気でしたが、
どうして沖縄の海はこんなすごい色をしているのでしょうか・・・。
先日、ミラーマジック(私の東京でのワークショップの名前です)に
いらしてくださっていた方が
主人と私のセッションを受けに来てくださいました。
ご家族で石垣へのご旅行のところ、小さなお子さんお二人とご主人と
そのために糸満に2泊してくださって・・・。
午前中の主人のセッションのあいだ、小さいお二人と遊ばせていただきました。
遊んであげるのは全然得意じゃないので、どうなるかなと思っていたのですが
ものすごく楽しかった^^
何にもないはずのお部屋なのに、
小さい人はその空間から本当に様々なものを見つけ出してくれて
その冒険に私を案内してくれるのです。
小さい人は本当は何もかも知っているのに
わざわざ知らないふりをしてもう一度発見しなおしているみたいで
私が一緒に驚いたりするのをとても喜んでいるように見えました。
地球にやってきた人間の真の姿そのままみたいです。
彼のお父さんが彼に「今日はすごく楽しそうだね。」とおっしゃると
「もう、楽しすぎる!」と答えていました。
その言葉が私には嬉しすぎる!
さて、潜在意識は3歳までに大きな基盤が作られる、と
私はセッションのときにご説明しています。
意識を持たれるお母さまはきっと育て方に苦心なさっていると思います。
大切なことはいくらでもあるでしょうし
子育ての専門家の方がたくさんの提唱をなさっていることと思います。
私は潜在意識という視点から見て最近ではやはりこれが大事かな、と思い当たります。
それは「勇気」です。
子供は生まれながらに好奇心を持っています。
これはお母さんが一生懸命教えなくても
自然に芽生えるのではないでしょうか。
これがないと人間は発育できない、不可欠な要素で本能のようなものでしょう。
そしてこれは大人がだんだんと失ってしまうもので
子供さんと付き合うとき、子供のこれに手を焼くことになっているのではないでしょうか。
つまり子供のそれに大人は付き合いきれないのです。
大人は大人で、自分という存在を模索していて
それはもちろん完成することはそうそうないでしょう。
ですから不完全な大人が人間を育てる不安はいろいろあって当然です。
子供はどうして大人がしちゃだめって感じることをするんだろう、と
ここのところ考えていました。
それは多分この好奇心という本能なのではないでしょうか。
それをじかにやってみたい
いじってみたいのではないでしょうか。
最初からいじらなければもちろん失敗や痛い目に遭わずに済むけれど
眺めているだけでは人生はやはり創造できません。
やりたいことをやってみる。
失敗しても乗り越える。
痛くてもまたやってみる。
そしてまた未知の世界に飛び込んでいく。
そこで起こるすべての喜び、悲しみ、痛み、失敗、生と死、
すべてを味わい、楽しむ。
それが自然にできるのなら
スピリチュアルの教えは必要ないのかもしれません。
小さい頃学ぶもっとも大切なことは
失敗しても大丈夫。痛くても治る。転んでも起き上がる。
怒られてもぶたれても見捨てられない。受け入れられている。
お母さんの笑顔が好きだ。嬉しい。泣いても笑える。
そんな、当たり前のことなのではないかと思うのです。
それで大人になってトラウマがあって人生がうまく行かなくなったら
催眠療法や瞑想と出会って、自己探求すればいいんじゃないかな。
その時に再び、自分がどれだけ愛されてこの世に生み出された存在なのかを思い出すのも
この世でのいい体験になるんじゃないかと思ったりします。
あ、ところで今日の日記のタイトルですが
妹が先日、レイ・チャンドランのワークショップに参加したら
レイが妹に「きみはプレアデスから来たんだよ」と教えてくれたそうです。

糸満から

とても気持ちのいい夕方、海じゃなく山がいいと思い
散歩しました。
山といっても坂をちょっとあがっただけですが。
家からは海よりうんと近いところ、
歩いてすぐのスーパーの裏手はもう
小高い小さな山になっています。ジャングルっぽいです。
そこで、リクエストいただいていたカニステルがタワワニなってる木を発見しました。
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なり方は柿、葉っぱはびわに似ていました。
ああ、カニステルの木がほしい。
そして、久々に晴れたので夕日が撮れました。
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ところで、デイゴの花がどれなのかいまだにわかりません。
沖縄は入学式はデイゴだって聞いていたんだけど。

シンクロなんて普通のことだと思っていた

シンクロは宇宙のエネルギーに従って生き始めると自然に起こってきます。
そしてエネルギーを感じ始めると、シンクロが起こっていることに気づき始めます。
導かれていることを感じるとますます宇宙を信頼して生きられるようになり
その密度はどんどん濃くなっていきます。
私はもはやシンクロなしには生計がたたないような
シンクロ任せな生き方をしてきているので
ちょっとくらいでは驚かなくなってました。
沖縄に来たのも、来てから(来る前から)の出会いも
普通にびっくりしたり笑えたりすることばかりで
ピアニストの新垣さん(初対面で私をいきなり斎場御嶽に連れてってくださった方)も
ものすごいシンクロ男だし
「it’s a small world,だね?!」っていうのが口癖みたいになってて
ああもう、そうなんだね、と思っていた。
ここのところ家でパソコン業務に明け暮れて引きこもっていて
それにも飽きてきたのでそろそろ街に出ようかなと
先日当てもなくチャリで国際通りまで行ってみた。
1月に、ピアニストの徳山みえ子さんが(たまたま)沖縄にみえてて
(ずーっと以前に数回東京で演奏のお仕事ご一緒したことがあって
しかも、新垣さんとももうご面識があってそれも多少びっくりした)
那覇ライブめぐりをご一緒したので
(みえ子さんはものすごくフットワーク軽い方でただただついていっただけでしたが)
その時に行った、ライブやってるカフェ(それも新垣さんのご紹介で)へ
ふら~っと行きました。
自転車を漕ぎながら、ハイヤーセルフとスピリットガイドに話しかけていました。
今日私はどんな体験がしたいんだろう。
どんなことが起これば満足するだろうな。
そうねぇ・・例えば・・・みたいな感じで。
でも心のどこかでは、まぁそこそこのシンクロはもう当たり前だし
そこそこないい感じで終わるんじゃないのかな~という声もなきにしもあらずでした。
一応そのとあるカフェを念頭に置きながらも
何かハプニング的にひらめきがあれば従う気満々でうろうろしましたが
特に引っかかりもなくカフェまで来ました。
店前にはライブの看板が。
ギタリストの方は前回と同じ方で、ちょうどライブが始まりギターの弾き語りがすてきです。
ヴォーカルは女性で、プロフィールを読むと沖縄生まれで東京で歌っていたのを
沖縄のプロデューサーにスカウトされて
某とても有名なグループでも活動されていたそう。
写真も垢抜けたかっこいい感じなので、聴いてみよっかな、と
店前におどおどとチャリを留めて(おこられないかなーとか思いながら)入ってみました。
カプチーノを注文していると彼女の出番になり
最初のトークでいきなり「そんなに真剣に聴かなくても大丈夫ですょ」と。
あれ、私もそういうこと言ったことあるな~なんてちょっと笑えて
前回来た時のボーカルさんはものすごくヴォリュームが大きくてパワフルで
どういう姿勢で聴けばいいのかよくわかんなくて
なんとなく居心地悪かったんだけど
今回はいいな~なんて。
歌が始まると、これが、ものすごくうまくてすてきでした。
私あんまり全面的にすてきって思うことないんだけど
彼女はちょっと抜群にうまかったし繊細でフィーリングも感度もよくて
こんな人もいるんだ~とちょっとしあわせになりました。
だんなさんが仕事が終わったと電話があり
帰ろうかとも思ったんだけど
彼女の歌がいいし、こっちに来ない?と誘って待っていました。
1ステージが終わり彼女がお客さん一人一人に握手をして回っていました。
私のところに来て「みなさんといつも握手するんですけど・・」と
ちょっとシャイに手を出してくれたので
私もちょっとシャイに「あ、はい、」と手を出すと彼女は
何か大切なものに手で触れてなにかを読み取ろうとするような顔で私の目をじっと見て
「あ、私以前にお会いしてますね。知ってますよ、東京の方ですよね・・」と
一気に言いました。
私は、全く記憶もないし、歌の仕事なら彼女の歌は絶対覚えてるだろうし
きっと何かの間違いだと思ったのでした。
「次のステージまでに思い出しときましょうね」と言って彼女は去りました。
まさかそんな営業でもないだろうけど(笑)でも
すてきなシンガーだったので私も少し嬉しくて
ちょっとウキウキした気分になっていました。
そのうちだんなさんが到着して、まもなく2ステージ目が始まりました。
オーナーの方とも少しお話しできたりもして、
相変わらず彼女の歌はすてきでした。
洋楽はもちろん、沖縄独特のこぶしがとても美しくて
J-POPも彼女が歌うと繊細でのびやかでしっくりきました。
だんなさんに彼女に言われたことを話し、
全然心当たりがないんだ、と言いながらじっと見ていると
どこかわずかに知ってるような気がしてきました。
2ステが終わりだんなさんが2階席を見てくるねと席を立ちました。
しばらくして戻った彼は、「彼女が2階にいたから話してきたよ」と言いました。
「やっぱり知ってるみたいだよ。〇〇かどっかで。」
「え?」
以前住んでいた場所の近くだったので、どこかですれ違ったのかな、どこだろう?
気になって席を立ち彼女のところへ。
だって何しろここは沖縄で、本当にたまったま立ち寄ったカフェなんだよ。
なんでそこでばったり知り合いがいるのさ、
そして記憶力まずまずの私がどうしてここまで思い出せないんだ。
彼女は落ち着いた笑顔で、私を覚えていると言いました。
そして、「ここで歌ってください。絶対私聞きにきます。絶対応援しますから」と言う。
彼女は10年前に私がバイトしていた飲み屋さんで一緒だったのだ。
彼女はまだ十代の女の子で、
当時の私は今振り返ってもちょっとおえってなりそうなくらいいろいろと大変で、
やっと去年、妹に一晩付き合ってもらってその頃のことを洗いざらい思い出すことができた。
その頃の毒を出す必要があった。
(実際はその時毒を出し終わっていたので、今はおえっとならない。
それまではおえってなるのが恐くてあまり思い出せなかった。つまりブロック。浄化済み。)
その時は世紀末で、私はほぼ完璧に路頭に迷い
鬱だの借金だの芝居だの仕事だの恋愛だの
もう人生終わるのかなと真剣に思うくらいしんどい時期だった。
店にはカラオケがあって、私はその頃まだ歌の仕事なんて考えもつかなかった時で
(実際その2年後くらいから歌い始めた。)
とにかくなんか芸の肥やしにでもなればいいやという感じで歌いまくっていた。
歌うとお客さんが喜んでくれた。
周囲にはなぜかいつも歌のうまい子がいっぱいいて
今でもその子たちが先生だったと思っている。
だけどそのすばらしいシンガーの彼女はほとんどそこでは歌っていなかったらしい。
そうだと思う。こんなにうまかったら忘れないはずだもの。
それから程なく3ステージ目。
彼女は私には言わなかったのだが、主人にこう言ったそうだ。
「アズさんが歌ってたはずの歌を、次に歌いますよ。」
まったく想像がつかない。
カラオケで男の曲ばかり歌ってた気がする・・・
数曲、私の好きな歌ばかり彼女は歌っていた。
もう、だんなさんに言ったことも忘れたかもしれないなと思いながら
このまま心地よく終わっても全然いいなと思いながら聴いていた。
すると、ドリカムのlove love loveが始まった。
あーこれ、確かにカラオケでよく歌った、と思った。
これのことかなーあはは、なんて言いながら聴いた。
すると彼女がMCで、次の曲でこのステージ最後ですが・・と言った。
「今日は(と私を指して)すごい再会がありましたのでね、
次に私の一番好きな曲を歌います。彼女に向けて全開で、全部出しますよ。
ライブの時いつも、一番好きな曲、と言って歌っています。
彼女が昔歌っててね、それで好きになりましたからね。
きいたらわかると思いますから題名は言いません。では・・・」
前奏がなり、最初の声で私はいきなり震えて
その後は嗚咽が止まらなくなった。
その曲はベット・ミドラーのローズ。
私が多分、最もたくさん人前で歌ってる歌だ。
去年、サンクのライブにアンチエイジングの鬼のさゆりちゃんが来てくれた時も
この曲の時奇跡が起きた。
彼女は、ね、というような笑顔をときおり見せながら
私とは全然違うローズを聴かせてくれた。
私はだんだんと彼女のことを思い出し始めていた。
その頃の情景や、彼女の話声も
そして1度か2度、彼女がお客さんのいない店で
ものすごい歌を歌った時のことを思い出した。
それにしても、今日のシンクロは手が込みすぎている。
10年がかりだよ。
それもあの時期、もしかすると私がマジックで黒く塗りかけていたような
あんな時期のことを
あの時に蒔いた種を
こんな風に咲かせてくれるなんて。
ローズは日本語でも歌われていて
そのタイトルは「愛は花、きみはその種」という。
あまりにできすぎていて映画だったらよほどうまく描かないと
べたじゃん、って言われそう。
だけど本当にこんなことがおこるんだ。
知らない間に彼女はこんなすてきな女性になって
すてきなシンガーになって、
あの歌は別に私の歌でもなんでもないけど
でもあのすてきな歌を大好きになって
その思いと一緒に、私の記憶をとどめていてくれたなんて。
・・・・・その日は泣き過ぎて頭が痛くて
その時とても感じたのは
人生でものすごくショックで打ちのめされる時と
ものすごく幸せで打ちのめされる時では
からだが受ける感触ってそんなに違いはないんだなってことだった。
つまり、どちらもギフトなんだ。
泣きながらそんなことをだんなさんに話したら
おー悟ったねー。もう映画もテレビもいらないね。
自分の人生が一番いいね。と言ってくれた。
私は翌日も頭痛で寝込み
何か途方もないでっかい浄化が起こった時のようでした。
まったく人生はやってくれます。

自由な選択

自由ほど難しいものはない、自由とは責任を伴うものだ、と
確か小5小6の担任の岩ちゃんが言ってたような気がする。
その言葉はかなり応用が利く言葉ではあると思う。
友達が日記に茂木健一郎氏の話しを書いていて
「Aの選択を後悔するから人間は成長できる。
次はAの間違いをしないようにBを選択できるから」
とゆうような話しだったけど、
それってものすごく昔の道徳とか教訓とか
あるいはサルの訓練の話しみたいに聞こえてしまう。
茂木さんて脳の研究の最先端を行っる人なのかと思っていたけど
意識と脳では世界が違うのかな。
人間は、Aの失敗をしたくなくてBを選んでも
Aのような失敗をします。
あんな目には2度と遭いたくない!というような深い痛手ほど
そういう傾向があります。
もうこんなのは使い古された例ですが
アルコール依存症の父を持って苦しんだ女の子は
絶対お酒で失敗したくないと思うし
お酒に溺れるような男を選ばないようにしよう!ってものすごくこころに誓うんだけど
気がつくと酔っ払った彼氏に殴られたり結婚してみたら相手が依存症になってたなんてことが
ざらです。
もしくは自分はお酒には手を出さなかったけど
薬を飲まないと生活できなくなっていた、というのも
表れ方がちょっと違っただけで依存の世界の住人に違いはありません。
それは本当にぞっとするような体験です。
そのループにいる時、本当に自分は呪われてるんじゃないかと恐くなると思います。
でも、呪われてる!どうしよう!と真剣に思ったほうがいいと私は思います。
なぜならそこにはちゃんとした仕組みがあるからです。
ですからその呪いは解くことができます。
子供の時から自分はたいして悪いこともした覚えがないのにひどい目にばかり遭っていると
これはちょっとおかしい、なんとかしないと人生がめちゃめちゃだ、と
自覚して対処する気になります。
でもそうでもないと、人間は自力でがんばればなんとかなる、とか
そのうちになんとかなる、と思ってしまいがちです。
高校の授業で唯一役に立ったのは
古文の授業で田子先生がしてくれた茹で蛙の話しでした。
「二つのビーカーにお湯を沸かします。
一つには水の時から蛙を入れておき
もう一つはお湯が沸いてから蛙を入れます。
熱湯のビーカーの蛙は熱いのでびっくりして飛び出して逃げます。
もう一つのほうはいい湯加減だ、ちょっと熱くなってきたけどまだいいかな
なんて思っているうちにすっかり茹ってしまって
限界の時にはもう茹で蛙になって逃げられないのです。」
AがいやだからBを選んだとしても
多くの場合、その選択肢はAチームの中のどれかでしかないのです。
なぜなら自分がその波長にある時、
その場所からはAチームの波長にしかフォーカスできないからです。
つまりAチームにしか魅力を感じないのです。
私は基本、他人の生き方に口出しはしないスタイルで生きています。
同じことを繰り返している人はだいたいにおいて
「でもいいの、いつかどうにかなるから。私はこういう生き方が好き」と
無意識的に思っている人が多いのです。
そして本当に変わりたい人は、だいたい何とかして変わる方法を探し出します。
変わりたくない人の場合、多分今の状況は周りの何かのせいで
変わるべきなのは周りだと信じているのではないでしょうか。
そういう人が周りにいたら、私はやはりその人が心底
周りを変えようとすることに疲れるのを待ちます。
というかほっといて忘れてしまいます。
そういう人はだいたいどんな時でも周りを変えようと奮闘していて
周りに文句が多いので、疲れて一緒にいられないのです。
心底疲れてもうだめだ、周りをどうしても変えられない、でも人生を何とかしたい、
もっとしあわせに、それができたら周囲も一緒にしあわせに、そして世界がしあわせに、
と願う人と一緒に自分を変容させる旅をする方が性に合っています。
私は多くの人が自分のしあわせのために自分に取り組み自分を変容させることが
世界を平和にすると信じています。
それは究極的にエゴに取り組みエゴの正体を知りエゴを変容させることだからです。
エゴに取り組むと人間は自由な選択が初めて可能になってきます。
Aチームという枠をはずすことが可能になってくるということです。
(それまでは真実の私ではなく、くっついている仮面が選択しています。
あるいは仮面ごし、鎧ごしに世界を見てジャッジメントしています。)
同時にすべての責任は自分にあることを知ることになります。
古い言い方では、責任は自由を得る代償のように言われてきた感がありますが
全責任を負う姿勢に初めて自由はもたらされ、不可分です。
どうせ一度の人生だから
仮面じゃなく鎧じゃなくわたし、として生きたいじゃありませんか。