初心表明

みなさま 新年おめでとうございます。

昨年もたくさんの方とお会いすることができ、また勉強会という新しい切り口で交流させていただけて大切な一年となりました。
おひとりおひとりに感謝の気持ちです。本当にありがとうございました。

今年もまた、ひと時ひと時を愛おしく感じられるよう、精いっぱいに歩んでいきたいと思います。
関わってくださるすべての方、どうぞよろしくお願いいたします。

ブログを書き始めてなんと15年にもなろうとしています。
何の気負いもなく、ただ言葉を紡ぎたい、言葉で伝えたいという思いだけで始めたものですが、こうして今も書けることが嬉しいです。
最初は自己治癒的な意味合いで、書くことによって自分を保っていたという感じです。
今はここまで自分を地に養っていただけたご恩返しを宇宙にできるといいなという気持ちも大きいです。
もちろんメッセージによって私を知っていただき、道のご提案ができるのは喜びです。

書けること、というのは、受け取ってくれる人がいる、というのと同義です。
どんな仕事でもそうですが、行いということは受け手あって存在できることなのだと思います。
この世に影響がない行いは存在しないのだということをしみじみ思います。

大切に受け取り、そしてしるしたいものだと思います。

初心に返って、レイキについて少し書きたいと思います。繰り返しになるかもしれませんが、繰り返す必要を感じています。

私自身、レイキの伝授を受け入て以来、レイキを忘れた日はありません。仕事として世に出してからも、自分自身から切り離された商品のように感じたことはありません。よくクライアントさんから「レイキなしの生活なんてもう考えられない!」と、お言葉をいただきますが、まったくもって同感です。そんな仲間が増えることこそ喜びです。

遠隔アチューメントの場合、ご質問をあまりされない方もいらして、その場合こちらからご指示することはないのですが、だいぶ後になってからきっかけがありお話するにつけ、ああもう少し補足できたらな、と思うことも多々あります。また、公式のマニュアル以外に、独自のマニュアルもぜひ作ってくださいというご要望もいただきました。取り組んでいきたいと考えています。

レイキにはおおもとのオリジナルのマニュアルがあります。基本的にはそれさえ熟読し理解すればレイキを大いに活用できます。レイキと名のつくものに限らず、ヒーリング哲学の楚は臼井レイキにあると思います。臼井レイキの精神に沿って深く洞察された著書は「癒しの現代霊気法」に尽きると私は感じています。アチューメント前に読まれてもあまりピンとこないかもしれませんが、使い始めてから読んでみると、あらゆる疑問に答えてくれるのではと思います。クライアントさんがくださる数々の質問に向きあっての実感です。

それ以外にレイキの本でお勧めはありますか、とご質問いただきますが、正直書店にびっくりするほど並ぶレイキやヒーリング関係の本にあまり関心するためしはありません。これに効く、こんなふうに使う、というのは本質ではなくて取ってつけたものが多い気がします。原理と質がわかると使い方は自ずとわかってきます。それには、意識やエネルギー、また心の働きや瞑想についての学びがむしろ役に立ちます。

つまるところレイキを理解するということは、この宇宙の原理や生命、意識のエネルギーのシステム、自然界の理というものに踏み込まざるを得ないからです。しかしながら電気の仕組みを即座に明快に説明できるという人は少数でしょうが、多数の人に利用はできます。この世のおおかたのシステムとはそんなものです。

レイキは、動かすちから、または動きそのものというちからで、そのなかでもより微細な振動数を持つもの、というのでしょうか。でもその前に、私たちやこの宇宙に存在しているもののすべてが実は振動であり振動数を持つものだと認識しないと、この説明は不十分です。レイキはそもそも止まって固まっているものを動かすわけではなく、そもそも揺れて震えているものに干渉し、変化を促します。共振を誘い、引き寄せて引き上げます。

この世の存在には生物と無生物がある、と小学校で習いました。なるほど、とその時深く感心したのを覚えています。しかしその双方が実は振動し活動するものによって構成されています。まったくもって命とそうでないものの区別は不思議です。本当はすべてが命なのでしょう。

では一体、あらゆるもの、万物を構成するものの振動とはどこから来るのでしょう。そして命とそうでないもの、有機と無機をどう振り分けているのでしょう。その根源を有らしめているちからを、私は神、と呼びます。別の呼び名がふさわしければそれでいいのですが。

ですから、私は、レイキは神から来るちからだと説明します。すべてのものがそうあるように。

「レイキはそもそも誰にでも備わっている力である」と言われるのはそういった意味での真実だと理解します。すべての人が本来愛である、というのと同義です。

しかしこの肉体をもってこの世を生きる浮世にあって、レイキがあるとなしとでは世界が変わります。人生に愛があるかないか、神がいるかいないか、くらいの違いがあります。

レイキが使えるというのはどんな生活でしょうか。

マニュアルによれば、他者への治療的なイメージがあります。治療までは無理でも、手軽な健康法、民間手当療法というイメージが最初の間口かもしれません。一番よく聞くのが「こどもが病気のときなんかに使っています」という声です。専門機関以外に自分でもできる対処法があるというのは素晴らしいことだと思います。

しかしレイキのパワーはここまでお読みいただければご想像に難くないことでしょうが、それにとどまりません。

私は、レイキの基本は自己ヒーリングであると心得ています。マニュアルにも当然その方法は列挙されていますが、それこそが極意だという記述はありません。これは自分の体得したことですが、この点真実だと確信しています。

レイキは、わたしという生命を活性化します。意識を浄化し、不純物を癒し、不和を調和させ、存在を磨き成長させてくれるものです。この点がレイキエネルギーの根っこの働きです。

「他者を変えるにはまず自分から」ですし、「より良いエネルギーのパイプとなること」のために日々できることもこれに尽きます。

ここでも立ち戻るべきは「私たちはエネルギー、つまり常に動き変化し続ける存在である」という観点です。何もしなくてもどんどん流れ、干渉しあい、変化していくのが自己なのであれば、そこに「より良く」という条件を付けたいのが人間という生き物なのではないでしょうか。人間が神の子たる所以でしょう。

もし自己がいったん確立され、例えば大人になって身長が伸びどまったところであらかた固定され、一定の必要不可欠な物質やスキルや評価を手に入れたところで安定してしまうような存在が人ならば、レイキは単なるオプション、飾り、または無用のものでしょう。

しかし自己意識(潜在意識と呼ばれる領域)にレイキヒーリングを施し続ければ、私たちは存在そのものの進化を促進することができます。無限に神に歩み寄ろうとする道を歩み出すことになります。

どういうことか具体的に言えば、自身に高い波動を流し続けることで、干渉を受け、引き上げられた結果、心の領域の不純物が除かれ、想いによる限界の枠組みが解体され(エゴの解体)防衛本能という狭くて低い波動の支配から自由になり、防衛反応である攻撃性(怒りと恐れ)の武器を脱ぎ捨てることを可能にし、愛という魂の本源の実在性への帰還に導く、というものです。

かみ砕くと、ありがたいエネルギーをいっつも流しているおかげで自分が穏やかになり、そのせいか周りも優しくなるので幸せだし、困ったときにもなぜか守られてる感じがしてうまくいく。おかげでからだも楽になり、余計な心配が減ったなー。この世はいいところだ。みんなそうなるといいねー、といったところでしょうか。結果、おかげでより高度なチャレンジに手が届くようになるわけです。

さて、そんなたいそうなものを今まで持ってるのに使ってなかった、どうしよう、と思われた方はぜひたった今から使い始めてみてください。レイキは一度伝授されれば恒久的にあなたの経路に刻まれます。以前使ってはいたけどどうも実感がない、というか方も、いったん再活性化が始まるとまた前とは違った変化を感じられるかもしれません。

どう初めてよいやら、という方はその旨ご連絡ください。遠方の方はお電話セッションでもレイキの勉強や活性について承ります。また遠隔・対面のヒーリングによって再活性化を促すことも可能です。学びを深めたい方にはレイキ・ワークアウトをご用意しています。他所でアチューメントを受けられた方にも対応していますのでご相談ください。

末筆ながら本年もおひとりおひとりにとって実り多き一年となりますようお祈り申し上げます。この記事にレイキを込めますのでお受け取りいただけたら幸いです。

AZU拝

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