すべての人の胸に平安がありますよう

今年はいつもより1日早く、昨日でお仕事を納めさせていただきました。
深い学びと気づき、感謝に満ちた、充実した日々でした。

RUACHへいらしてくださったみなさま、
また遠方にてお電話や遠隔セッションをご利用くださったみなさま、
本当にありがとうございます。

最終日の業務を終えて、夫と短く交わした会話は互いに「感無量」でした。

セッションは重ねるごとに私にとってますます深く美しく、
まるで生きた生命のうねりのように
私の人生そのものを形作り彩って、
また私自身を前に進ませ勇気を与えてくれます。

その力強いエネルギーがみなさんの生命と重なって、
意識の神秘と秩序とともに幸せへの道を後押ししてくれているのを感じています。

どうかお一人お一人の胸に、届けられますように。

来年は5日火曜日より通常通り営業させていただきます。
休暇中も、Emailと留守番電話がご予約とお問い合わせを承ります。
お返事が3日以降になることがあるかと思いますがお許しください。

良いお年をお迎えください。
おひとりおひとりの内なる平安を多くの人がみつけることができますように。
感謝とともに
AZU・風間美緒

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今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

地に足を、地上に愛を降ろす

先日お客様から、本当に実感のこもった言葉でこんなふうに言っていただきました。

『本当に苦しくて始めた取り組みでしたけど、今は本当の自分に戻れてきて、これまでのすべてがあって、今の私があるって、これまでのすべてに感謝の気持ちです。』

そして、カウンセリングの貴重なお時間を使って、私とのセッションへの感謝を丁寧に心を込めて伝えてくださいました。

『AZUさんはこれまで、私に「あなたはこうだから、もっとこうしなさい」というようなことを一度も言いませんでした。でも気がついたら、自分でそうできるようになっていたんです。自分でできるように、選べるように、自分で気づけるようにいつも導いてくれました。私には、あなたでなければだめでした。』

なによりの私へのギフトをいただきました。
クリスマスにあたって、全宇宙からの祝福をぽんと気前よくいただいたような、そんな感じです。

私は自分自身がそれを体験することがこの人生の大きな目的の一つだったと思っています。
まだ暗闇にいたずっと以前から、かすかにきっと、いつか、という希望が消え切らずにあったから、今があると思います。
みなさんのこの地球劇場での物語はすべて私の物語でもあります。

本当に闇の中にいる方には最初にこの目的地のお話をすることもあります。
私の中にある最も強烈な信念は「私もできた。だから可能性がある。あきらめないで。ここまで来れたのだから、絶対に大丈夫。」なのです。
私にとって大丈夫、というのは、すべてに納得がいって満足することだし、あきらめるというのは闇を闇のまま、墓場に葬ることです。きっとそのことを昔の人が地獄と名付けたのでしょう。

感謝という言葉を遣うのはたやすいことです。
ですがその奥にはすべての人々の人生の、物語と道があります。
どこにいるのかわからないこともあります。
その時でさえ感謝がわいてくる、というのは、どこで何をしていても、私は私なんだ、という安堵に他なりません。

その私というのは、内側を掘れば掘るほど愛でできている存在です。
「私を知る」というのは、私は愛という存在であること、すなわち神とともにある存在だと知ることですし、「私に戻る」というのは、愛である私に戻ることですし、「私自身を生きる」と言うのは、神を内在する、愛である私として生きることです。

しかし私たちは往々にしてそのことと、家の中のあれこれは別、社会のあれこれは別、嫁姑の関係では別、あろうことに、夫婦の間では別、というふうに、どこか分裂しています。

そしてどこかで、私は愛である努力をしているけど、あのひとは違う、というふうに鏡と自分を別のように捉えて苦しんでしまいます。

相手の中に愛がみつからないとき、それはあなたのなかの愛との分裂を映して見せてくれています。
あなたの愛が誰かに届かないと感じるとき、あなたのなかに愛が届いていないことを知らせてくれています。
自分が自分であることと、世界が、隣人が、家族が、パートナーがそうであることを切り離して捉えることは本来おかしなことです。
なぜならあなたはその愛を与えるために愛であるからです。

自己探求は、自分を確立するためにあるのではなく、ただ与える、放射するという愛本来の性質とひとつであり続けるためのレッスンにすぎません。

そのためにまず自分に与えるという段階があるのです。そして作業としてはそれをし続けることで、他者や周囲に与え続けることができるようになります。

周囲にうまく与えることができない、という状態にあってこそ、自分の本来の資質を妨げているものに目を向けるべきときです。

自分が光を放射する主体だという実感があるとき、私たちは周囲に感謝できます。
受け取ってくれてありがとう。愛させてくれてありがとう、という豊かさにあふれています。

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なぜゆるせないか

ゆるしというのはすごい威力を持つ。
実際、本当に人の心を健全にすることは、ゆるしにかかっている。

もし何か過去の出来事や出来事にまつわる人物を思い浮かべて何かしらの抵抗を心と身体が示すなら、「ああ、このことをゆるしてないのね、わたしは」と観ていいと思います。

抵抗というのはたとえば身体のどこかが緊張する、こわばる、力が入る、など。
また嫌悪感、不快感をはじめ、怒りや悲しみ、羞恥心、悔しさなど、心が反応することです。

ですから、頭で整理をつけたり、方針を決めたりする段階では実際はゆるせていない、と言えます。

この段階で多くの人は「そのことはもうゆるしている」と認識していますので、ゆるせていないことが不調和の原因になっていることを見落としがちになります。

ゆるすというのは、精神論や思想や正義に関わることとは違います。
心身の、エネルギー状態に関わることです。

癒されない心は過去の記憶というエネルギーを、いつでもスイッチを押せるよう握りしめています。
そのトリガーが多ければその操縦に追われます。
それで、自分の内面を感じるというところに意識が向きづらくなるのです。

すると本来の自己のエネルギーは消耗される一方になります。

ゆるしというのはなんであれ、自分を解放してあげることです。
過去の学習したことへの見張り番という役割から、自己の人生の主人公に戻してあげることに他なりません。

誰をゆるしたとしても、実際にゆるされるのはそのとき誤解や失態をして心をこじらせたまま隔離されている自分です。

また、ゆるすことが本当にいいことなのか、と迷っておられる方もおられます。
「私がゆるしてしまったら、また同じことをされる(同じようなことが起こる)のではなかいか」というふうに。

ですが、実際はゆるさなければそれはまた起こります。
もしものごとを本当に改善したいのであれば、ゆるしてから、受け入れることが容易になったところで対処すれば一番いい方向へ進みます。
つまり愛によってものごとが創造されます。

また、自分ひとりでは難しいと感じている方も多いかもしれません。
その場合はお手伝いさせていただけると嬉しいです。

実際ひとりでするのは難しいのです。
なぜなら人間はこの世に肉体を持っている限り、この身体が体験したことが真実、と信じているからです。
「あんなことされて、だからこうなった」というストーリーがどうしたって一番シンプルに正しいのです。

しかし本当は違います。
実際は、それは現象のごく一部分にすぎず、それを「どう感じて」「どう反応して」「どれを選んだか」という内面の作業が現実を作り出しています。
またそれ自体が真実ではなく、その全体を通して自分はなにに気づきどう変化したか、という部分こそが一番重要な成果の部分です。

すべては内面に帰するのです。

五感を研ぎ澄ますことが今にいること、とか、自分を豊かにする、と説明される方が多いのですが、五感が敏感でもそこから得た情報を意識的にもう一歩内面に踏み込んで感じてみなければそれは栄養ではなく毒にもなります。
ただ機械的に反応する箱が身体であり、意識という神の介在なしには私たちは当然ながら霊的に成長することはできません。

霊的成長というのはただ、愛であろうとするという、人間として当たり前の崇高さです。

  
 

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クリスマスに寄せて

地球上の多くの場所で一斉に祝福する行事の威力ってすごいと思う。

イエスの誕生日ではない、とはもはや多くの人が知っているクリスマスだけど、「クリスチャンでもないのになんでイエスの誕生日祝うんだよ、ふん。」という段階を超えて、それでも感謝できる幸せをみんなで願う日になれば言うことはない。

家族で食卓を囲みながら、世界中の幸せに思いを馳せる良き夜になりますように。
世界中の子供たちがささやかな希望をかなえられる可能性に胸を躍らせる夜になりますように。
今はそうなれなくても、いつか、自分がそんな幸せな家族への愛の贈り手になれることを願うことができる夜になりますように。

イルミネーションを見て孤独な思いをより一層募らせる悲しみとともにある人の心に安らぎが届きますように。
地獄のような恐れを体験する人に強いご加護が届けられますように。
今地上を離れようとする人々の魂がまっすぐに光に向かうことができますように。

静かな平安の中にいるほど、小さな悲しみや小さな痛みに心が届くようになる。
たくさんの人に平安という至福がありますように。
平安という至福が世界を照らします。

光りあるところにもっと光はいりません。
静かである人がもっとパワーを持つ必要はありません。
静かであることがパワーなのです。

その光を誇示する必要はない。
あなた自身が静けさという透明なうつわとなり
ただ妨げずにその光とともにありなさい。

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自分への許可、の本当の意味

自分への愛を心がけている方の多くが、おそらく「私は本当はなにをしたいんだろう」というふうに問いかけをしているように思います。
そして、「したいこと」や「ほしいもの」という対象を探しています。

それを自分に与えるのが愛のひとつのかたちだという意図なのでしょう。

自分に許可を与えると多くを受け取れるようになる、と言われています。
もちろんそれはそうです。
人にしてあげるのは得意でも、他者から受け取ることは不得意という人はこの世を生きにくくしています。

心がけで変えることができることもこの世にはたくさんあります。
しかし、スピリチュアルで言われている自分に許可を与えるという本当の意図はなにかと言えば、それは権限のことです。
自己の創造主とともにあって、自己の人生の責任者になるという権限です。

私たちが自己に制限していて解放したいものは、欲望というよりは、本来の創造的側面です。
私たちが自己に自ら権限を与え、それを受け取るからには、私たちは自己の特性を充分に理解しなくてはなりません。

そのなかで、自分の本当の欲求に気づくことはもちろんひとつの要素ではありますが、それよりももっともっと、広い視野から自分を見る視点を持たなくてはなりません。

欲求は絶え間なく私たちに信号を送り続けます。
私たちはその対象を欲求と一緒になって探すことに意識を注ぐのではなく、その質を見極めて選んであげなくてはならないのです。
その見極めたり選んだりする主体がより高い自己です。ハイヤーセルフです。
私たちは起きている間中、外界から目に入ったもの、耳に入るもの、口に入れたもの、肌に触れたもの(温度や湿度、風も含め)、鼻で嗅いだもの、また自分の感情のアンテナに触れたものに、始終反応しています。
そしてほとんどの場合、触れた対象に気をとられています。
観察眼の優れた人も、多くはその対象を観察したり分析したりすることに終始しています。

要は、外界の情報を取り入れ、それを思考によって処理する作業に追われているということです。
(これは良い、これは悪い、もっとこうしよう、どうしてこうなっちゃうんだろう、ああうまくいった、この意味はなんだろう、云々…)
そして、自分の内側でそれがどのように感知され、どう感じ、自分がどう反応しているかということにはほとんど意識を注ぎません。

私が感じてください、感じ切ってください、といつも申し上げるのはこの部分の工程を意識してください、ということです。
そして、それをすると、これまで自分の中でしてきた作業とまったく違った成果をあげることができるということなのです。
つまり自己の持つ、本来の創造のための莫大なエネルギーと次第につながり、それを扱えるようになります。
自己の取り扱い責任者でありひいてはマスターになれるということなのです。

セッションで私が問いかけをするのは、この工程をご一緒させていただいているということです。
そして瞑想はまさにこの工程を突破してその奥にある静寂、平安に入っていこうというものです。

イライラ、モヤモヤ、ザワザワ、ワサワサを感じているとき「内面を感じている」と認識している人がほとんどだと思います。
しかし私から見ればそれは、実は内面を感じていないことを知らせるからだからのサインです。

何かを感じている自分を無視していると、処理能力の限界がきます。
特に、五感や六感が敏感な人はあっという間にそうなります。
そうするとイライラモヤモヤザワザワワサワサと、落ち着かなくなります。
人間の思考(顕在意識)のキャパは感覚の領域に比べあまりに小さいからです。
そして思考が強い人は「これは何の意味だろう」とさらに考えるというループに入ってしまいます。
六感の優れた人は「きっと悪い知らせだ」とか「おばけのせい」と考える方もいます。
いづれにしても、外側のなにか、に相変わらず意識は向いてます。
本当はもっとも大事なもの~真の自己からの「こっちを向いてください」」という大事なお知らせだというわけですが…。

…そして処理しきれない分のエネルギーはからだがダイレクトに受けます。
それはからだの不調、病気の症状として出てきます。

余談ですが、私は、パニック障害を患っている方はこの傾向が極端に強い方が多いと感じています。
内面の動きや流れを感じる、意識する、という工程が見事にすぽっと抜けている方が多く見られます。
そして知覚、思考、の能力が高い方が多いのです。

ぜひ、自分を愛する許可を、ご自身に与えてください。
引き換えに与えられる権限は偉大で莫大です。

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あなたも引き寄せている

「感じ切ること」という画期的な変容のワークに人気が出ない理由のひとつにきっと、「引き寄せ」が流行したことがあるのでは、と思っています。

引き寄せというと、あたかもツキがどんどん来る!みたいに宣伝されていた気がします。
スピリチュアルと言えばいつもツイててラッキーで笑顔、もしくはお化けかオーラか神さまが見える、というイメージがあります。
そうなってくるとツキがない自分って、行いが悪いのか、みたいな気さえしてきそうです。

引き寄せというのは波長の法則で、近い波長のもの同士は引き寄せ合うという宇宙のエネルギーの原則に基づいています。
私は最初に読んだスピリチュアルの本でこの法則に出会いました。
エドガー・ケイシーの宇宙と意識とエネルギーの原則についてのリーディングが書かれた本でした。

2冊目に読んだマインドトレーニングという本はこの法則のことがさらに詳しく厳密に説明され、この本のワークの実践によって初めて自分を変えることに成功しました。というより、本当の自分と真実に出会う旅が始まったと言うほうが正確かもしれません。

私たちは自分が内包しているエネルギーに見合ったものと出会っていきます。
ですから自分の周辺や自分に起こる出来事を見まわしてみることは、まず自分の内面を探索していく最初の時点では重要かもしれません。
いくら自分を変えたつもりでも、起こる出来事や周辺の状態がまるで変わらないか、或いは繰り返していると感じられるのであれば、何かを見落としていると考えて見直すチャンスになります。

私はと言えば、状況があまりに苦しかったところから出発していましたので、とにかく状況の変化を望んでいました。
少しでも好転すればと必死の思いで自分の人生をかけた実験に挑みました。
そしてその実験は着実に、というよりは劇的に、結果を出してくれました。
途中まではそうやって、内面の変化も周辺の変化というはっきりした姿を見せてくれなくては意味がないと信じていました。

それはある側面では正しいことです。
化学変化と同じで、それは厳密に作用し変化するからです。

とても強い負の想念からの出発をすると、私たちは延々と上昇しなければならない錯覚にとらわれます。
そうでなければ帳尻が合わないし、今のこの状況も自分が創っているのだと認めてしまうと、あとどれだけ努力して変わればこの状況は良くなるんだろうという思いがするのはもっとものことと思います。
そういう考え方をする人はだいたいにおいてまじめで、それまでも結構努力をされてきた方が多いものです。

それで、なおさらなおさら、突っ走っていきます。
これくらいの変化なんかじゃ、追いつかない、という気分で。もっと、もっと、もっと、と。

私も、法則を知ってしばらくは、突っ走りました。
恐れが追いついてこなくなるまで逃げ切らなければという勢いで。

もしその頃の私になにか言えるとしたら、言えることが山のようにあります。
その、心の底から、自分を幸せにするために言える言葉を、今はセッションを通じて皆さんにお伝えすることができています。

どんな状況のときにも、私は私なりに本当によくやってきました。
いつも最善を尽くすことに一生懸命でした。
そのすべての時の私に、今はありがとうと心から言えます。
私をここまで連れてきてくれたのは、あなたたちです。
すべての瞬間に存在していた私の思いです。

もし今の私が彼女たちにアドバイスするとするなら、こう言うでしょう。
OK,よくやった。さあ、では立ち止まって。今を感じてごらん。そして感じていることを全部教えて。
そうしているって?本当かな。
じゃあ、こうしてみて。・・・・・

良くないと思えるフィーリングを一人で感じ切るのは難しいことです。
コツも必要だし、なにより恐れがわきます。
そんなもの、なるべくなら一生胸や身体にしまい込んでおいて、墓場まで持っていこう、と、多くの人がひそかに思っています。

でも、そのしまい込んだ良くないと思える、という思い込み(あくまで、そう思い込んでいるのです)こそが、潜在的なエネルギーとなってあなたの世界を創造していくものなのです。

あなたは本当は、世界に向かって、すべての天使と神々に向かって、この大自然と大宇宙に向かって、言い放てばいいのです。
私は悲しい!寂しい!こわい!だから、助けて!と。

そしてやっぱり何も解決しない気がして、丸まって自分を抱きしめて、泣きながら、でも優しい音楽とろうそくのともし火のなかで、あるがままの姿で眠ればいいのです。
そんな夜も世界はあなたを抱きしめているあなたを、その存在のすべてで抱きしめているのです。

本当のフィーリングこそが、私たちのパワーです。
それを感じ切ることが癒しであり、愛です。

私はそうして自分に正直になることで少しずつ、幸せになっていきました。
たくさんの助けを借りながら。
笑顔ばかりは返せませんでした。
それでも。

あるときから、取り巻く状況というのは、本当は全く目的じゃないということがわかってきました。
結果のために努力してきたのが逆転し始めました。
そうじゃなかった、結果と思ってきたのは単なる映し出された背景であり、この自分との深いかかわりだけが本当の目的だったのだとわかりました。

この深いかかわりの中に、宇宙が存在しています。


クリックの応援、いつも本当にありがとうございます。
順位は問題ではないのですが、でも、皆さんの応援がそうしてくださるのだと、今日は嬉しくなりました。

自己ヒーリングの実際

沖縄では、RUACHのセッションにいらしてくださる方の中に、レイキのアチューメントをすでに受けられたという方も多くみえます。

レイキは持っていますが、使えていません、という方も非常に多いです。
「子供が病気の時くらいですかね」という方もいらっしゃいました。

とてももったいない!と思って『レイキ・ワークアウト』というセッションメニューを作りました。

何年前でも、どこで誰から受けたとしても、再活性化することができますので、気になる方はご連絡ください。

私からアチューメントを受けてくださる方には「とにかく自己ヒーリングをしてください」というふうにお伝えします。

自己ヒーリングというと、臼井レイキがレイキの基礎となりますので、そのテキストの自己ヒーリングを見ると、最初に12ポジションを使ったヒーリングが出てきます。
そこには各所5分ずつ行うとあります。
そうすると、1回のヒーリングにちょうど1時間かかります。

そして21日の法則があって、浄化期間が21日であり、その期間は毎日そのヒーリングをする、とあります。

最初に挫折する方はここになります。

それから、21日はがんばったけれど、そのあと息切れしてしまってヒーリングから疎遠になってしまう方も多いようです。

私も臼井レイキ・ファーストのアチューメントから10年くらいレイキをほったらかしておりました。
なぜなのかというと、答えは簡単です。
実感がわかなかったから。

臼井レイキのファーストからどーんと変化の実感やエネルギー自体を体感する方もたくさんおられるのですが、私の場合はまだまだ癒されない感覚やぐるぐる回る恐れの思考に取り巻かれ、心身ともに疲弊しきっていたため、微細な高次元波動に対する感覚のほうはマヒ状態でした。
「それどころじゃない」というのが身体と心の言い分だったのです。

しかしそれでも少しずつ、そのほのかな光は遠くから私の手を取り足を取り、導いてくれていました。だから今があります。
(遠くと感じていたのは単に私自身の感覚ですが。)

もしあなたが、何かを少しでも良くしたい、改善したい、という願いがあるなら、或いは今にご満足の方も、それが恒久的に続いてもらいたい、とか、年齢を重ねても健康で、きれいでいたい、などの願いがあるのなら、また霊的な進化前進、そして覚醒というものが気になるのであるなら、そしてすでにレイキとのコネクションがあるのでしたら、今日からぜひ活用いしていただきたいものです。

できる限りシンプルにお伝えしてみます。
情報を探すことより、方法を見つけることより、もっと別の何かを探す前に、今から行ってみてください。

こんなふうにやります。

1、「レイキを使おう」と意識する。
2、「私自身をヒーリングします」と自己宣言します。
3、リラックスして「受け取ります」と自己宣言します。
4、過ごせるだけリラックスしてお過ごしください。

以上です。

もしシンボル、マントラを使ったほうがいいと思う方は、1、で描いて唱えてください。
それから、具体的な願いがある方は2、の時、心の中で願ってください。
3、4、の時はなにも意識する必要はありませんが、他のことはしないでください。(テレビを見たり、本を読んだりなど)
音楽は流してもいいですが、他の音が気にならないためのクッション程度に考えてください。
3、4、で眠ってしまってもOKです。
むしろ眠れるくらい脳と身体に高次元波動が作用しているとご理解ください。

具体的な使い道が分からないという方もいます。
からだの不具合以外に何に使えるのですか、とおっしゃる方もいます。

レイキはエネルギーです。
人間のエネルギーの中心は「意識」です。
ですからレイキは意識に直接働きかけます。

私たちの意識を前進させ、本来の完全さへと私たちを回帰させるのがヒーリングの目的ですから、そのために使うのが一番効果的なのです。

例えば

「このイライラや不安を癒してください」
「この恐れを浄化してください」
「私を平安に導いてください」
「この(悲しみ、苦しみ、怒りなどの)感覚を浄化してください」

これらの意図は潜在意識の浄化を促してくれます。

それから

「○○さんと私との関係を癒してください」
「夫(妻)と私との関係を光(愛)で満たしてください」
「母と私との関係を改善できますように」

関係性のクリアリングです。
これは、相手を変えたいというエゴの作用を介在させずに、自分自身との関係性をクリアにできます。
私たちは関係性をいつもフレッシュにしておきたいのです。
そうすれば互いを尊重しあい、向上することが可能です。
しかし一度作られた関係性は相手を固定化して見てしまい、進化を妨げてしまうのです。
苦手意識という先入観念によって相手を縛り自分をも縛っているのです。

職場のだれだれさんが苦手でそばにいるのが苦しい、窮屈、などと感じているときはそうなっています。
こういったとき、打開する最初の一歩やその後の自然な流れを促し、次第に高い波動領域へと導いてくれるのが関係性のクリアリングです。

私たちは家族や職場、学校などに関わりながらその関係性に息詰まりを感じるとき、その場所やそこにいる人に問題があると感知します。
しかし実際は、自分自身がどちらに進んでいいか、どう対処していいかわからない、という状態です。
自分自身が行き詰っているのです。

ですから、自分がより発展的な方向に進みだすことができればその「場」は必然変化します。
そしてその場とのかかわり方も発展的に前進するか、発展的に解消されるか、というふうになるのです。

この2点だけでも行っていただければ、ご自身のエネルギーが充てんされた感じを味わっていただけると思います。
あれ、からだが軽いかも。
あれ、心の余裕があるかも。
あれ、時間が少し余るかも。
あれ、元気になったかも。

エネルギーはこんな感じであなたに与えられます。

もしさらにガイダンスやサポートをお求めなら、セッションをお選びください。遠隔地の方にはお電話カウンセリングの枠でもご対応いたします。
RUACHでアチューメントを受けられた方は、もちろん、メールやお電話でご対応させていただきますのでご遠慮なくご連絡ください。


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