私たちはどこから来てどこへ行くのか

心の探求をしていると、出てくる言葉は「人間てすごい」です。人間界で起こる色々な問題を見ていると「人間てひどい生き物だな」という思いが沸いてくるもの確かですが、それは人間の一部分の特性にすぎません。あまりにひどい業を目の当たりにするとうんざりもしますし絶望しそうになることもありますが。

しかし、人間の特性の中でどちらが有名かといえばやはりひどい面、うんざりする方の面であり、人間の本当のすごさのほうはほとんど、まだ知名度がないように思います。この素晴らしさに多くが気づき共に生きることができたら、世界はどれだけ素晴らしいものになるのか、それを見てみたい。できればこの目が黒いうちに。

人間には無限の可能性があります。それは、特別なことができるとかまだ発明されていない文明を創りだす力などではなく、人間がすでに持っていて、知らずに使って生きている能力のことです。意識というのがそれです。

人間の意識は大きく4つの領域に分けることができます。

1,顕在意識

2,潜在意識

3,超意識

4,宇宙意識

1と2はエゴです。3は魂(ハイヤーセルフ)、4は内なる神で、順番に表面から中心へ、或いは浅いところから深いところへ、向かうと観ることができます。私はいつもセッションではまるを書いて表面から順番に説明していきます。

意識の内なる探求をしないということは、1番の部分を自分と認識し、この部分で世界を認識して生きるこということです。しかし実際には2番を使って生きている(反応し選択している)ので自分が1番だと思うと、世界は思うようにならない、と感じます。潜在意識は、五感を通して得た記憶の貯蔵庫で、感覚、感情、本能の領域です。過去世の記憶もここにあります。今世では3歳までにこの領域の基盤が作られ13歳で蓋がされると言われているので、この領域をインナーチャイルドと呼びます。インナーチャイルドは今世の潜在意識のほぼ全部をさします。

1番:2番は1:100とも1:100万とも言われます。したがって、内面と向き合わずに生きるということは、ほとんどなにも意識しないで生きているのと同じことになってしまいます。自分や自分の人生を創っている本人でいながらその本人を黙殺して生きるのと同じです。それでいて人間は1番であれこれ画策し、理論づけたり組み立てたりし、そのとおりにならない人生と格闘するのです。

私が人間てすごい、と言うのは、そうしながらも人間はなにかを思い生きて、生きるうちにいつしかこの、内なる創造主の領域に出会うようになっていくというこの深遠なシステムについて、そしてその領域そのものについてです。その内側の天国を知るには何度も何度も転生を繰り返し(1つの魂が1000~10000回くらいしているのではと言われています)外側の世界を追いかけ(欲望)、そして絶望しその挫折を繰り返す必要があるということです。そしてあるとき、もしかしたら、探していた青い鳥は私のおうちにいたのかもしれない、と気づくということです。

それに気づくために私たちはどれだけの無謀なゲームをし、自分や他者を傷つけて、奪ったり奪われたりするという二元性のおいかけっこを繰り返す必要があるのか。最初に見つけたかったのは、ただ愛だったのに、それを得るために、その他のあまりに多くのものを得てはこれではないという絶望を繰り返し、それによってまた自分を傷つけ、他者を傷つけているのか。

それほどに人間という生き物は確かに欲深い。しかしその欲の矛先が失われ尽くした時に、本当に求めるべきものに向かって進むためにその欲求というエネルギーが備わっていたのではと私は思う。それすらも神が創ったのだ、と。人間はどこから来てどこへ行くのか。それはなにも難しい問ではなかった。しかし、それを実際に人生の中で確かめる道を歩むかどうか、それが重要だったというわけです。

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