潜在意識というのはたとえばこういうものです

昨夜の渾身の思いでのfacebookへのつぶやきですが、大事なことですので再度ここへかかせていただきます。文体がいつもと違うのはつぶやきだから(笑)

♥♡♥♡♥以下つぶやき♥♡♥♡♥

毎日選挙のことでうちなーのおばあとチャランケしてくるうちのだんなさん。(※チャランケとは…参議院議員比例区候補、三宅洋平の映像もしくはこんなサイトをご参照ください。)

確かに平和のためにここまで来た。戦争を勉強するためにここに来た気がしている。

普段穏やかで優しいおばあの癒されない痛みと怒り。あの、戦争の痛みは、体験しないとわからない。だから体験してみればいい、という。その悲しみを、私たちは愛でわからなきゃいけない。だって、それが人間だから。みんながどん底をわかるためにどん底を作り続けるやり方はもう終えよう。私たちのそれが使命。

「あんたは得するのか」「いいえ、みんなが幸せになってほしいだけ。生意気言ってすみません」「いや、そういうことじゃない」・・・

いつもおこりんぼのおばあが「いい話をありがとうございます」と言って缶ジュースをいつもより余計にくれた。

戦争だけは止めたいと選挙に行きたいけど寝たきりのおばあ、車椅子のおじい。

みんな戦争を体験している。どん底の地獄を見てる。そのことを簡単に、戦争はなくならない、なんて言わないで。なくそう。やめよう。やめると決めよう。それができるのが人間だ。

みんな、許すのに必死だ。許せない十字架を背負う人の、その重荷を少しでも分けてもらって私はかたづけを手伝いたい。なのにもう一度戦争なんて。簡単に譲らないで。そんな簡単なことじゃない。人が人のいのちを奪うなんて。その傷が全く癒えないのに、その傷は私たちの意識の中に引き継がれているのに、それを見ないふり感じないふりはもうやめよう。

私のおじいちゃんのからだも、私の暮らす近くのどこかでこの島の土になってる。おじいちゃんは陸軍で島の人は嫌っている。でも、おじいちゃんは本当はアーティストだった。美しいもの、表現、人間、言葉。好きで兵隊になったわけじゃない。私は感じる。おじいちゃんはきっとこの島の優しい女の子に優しくされたんじゃないかって。母も妹もひめゆりの塔で手を合わせた時なぜか同じこと思ったって。とってもお世話になって、本当にありがとう、って、なぜか少し嬉しい気持ちで泣きながらそう言った。

沖縄へ来る前は心配だった。おじいちゃんもすさんだ心で亡くなっていったんだろうか。でも海軍壕へ行った時、私はもしそうでもおじいちゃんを赦せると思った。誰だってこんなにも怖い目に合ったら、おかしくなって当然だ。だから私は赦せるって。海軍壕の守衛さんも怒っていた。海軍は立派だった。陸軍は人間じゃなかった。

でもしばらくったって、やっぱりおじいちゃんは最後まで人間らしく、死んでいったんじゃないかと思った。ただ、そうわかった。沖縄の優しい女の子の優しい気持ちをちゃんと受け取って死んでいった。なぜならおじいちゃんも優しい人だったから。33歳という若さで4名の子どもと若く美しい妻、祖母を残して。

人間らしい心のまま地獄を味わうなんてどれほど辛かったかと思う。この島では心を無くす訓練も受けないまま、家族みんなで戦争に参加させられ島民の4人に1人は亡くなった。家族や親戚のうちの誰かが痛ましく亡くなっている。その思いをどうやって乗り越え、あるいは乗り越えることもできずに胸に抱えて、みんなが生きているか。

私の母はそうして父親を亡くし、いろいろなものを諦めて、そして求めて生きてきた。何が足りないのかもよくわからないまま。誰かの利益、誰かの得のために誰かがそんな思いをするなんて、絶対にいけない。得した人も等しく背負う十字架だ。人間はすばらしい。そう思えるような人間を生きよう。

Don’t give up to stop the fight.

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