魂における徒然

ヒプノセラピストを10年以上続けてきて、本当にいろいろな学びがあった。
魂の旅を凝縮して体験しているような感じだ。

私は大人になってまず演劇に真剣に取り組んだ。
それはもう今から27年以上前のことだ。
その時も同じことを思っていた。
演劇は2ヶ月余りの時間をかけて一つの人物の人生と向き合い掘り下げていく。
そして稽古という訓練を重ね、その人物のひととなり、言ってみれば潜在意識の成り立ちを自分の潜在意識の中に刷り込んでいって、その人の反応を再現していく。
そこで、自分の持っている潜在意識の記憶との化学反応が起こり、融合されて、一人の生きた人間像が生まれる。

一つの人生(公演)が終わると、しばらく空白が必要になる。
私の場合は3~5日くらい眠り続けていた。
繰り返された別の人の反応が抜けていくまで、魂のホームベースに帰らないと、通常の生活になかなか戻れないのだった。

まるでそれは人間の魂の転生の凝縮版のようだった。

「演劇とは魂の学びを凝縮して体験させてくれる」と、当時誰かに語っていたのを覚えている。
当時はスピリチュアルという言葉は流通していなかった。

魂が人間をマスターしていくにつれて、生死の境目のショックは薄れていく。
魂の永遠性がわかると。

当時は人間という肉体のいれものにもその扱いにも慣れていなかったし、その上何度も生まれ変わったりしておおごとだったが、今では何が起こっていたのかよくわかる。

多くの魂が、同じような苦しみを味わっているはずだ。
自分がわからない。
なぜ生きるのか。
何のために生きるのか。

言葉で答えることは簡単だ。
人生そのものが答えだ、という言葉は真実だと思うが、その迷いの中にいる時にはその言葉の意味はわからない。概ね。
突破してみて本当だとわかる。
もしくは、わかったような気になっているかどちらかだ。

インドのヨギがグル(師)を絶対的に信じなさいというのはそういったわけからだと思う。
わからない最中にあるとき、真理は時にしっくり来ないものだ。
だからと言って真理から離れてしまっては、もっとわからない。
だからたとえすぐにわからなくても先達から離れずついていくとある時わかるのだ。
自分の境地が変わってきて、霧に覆われた山の麓から山頂近くに上がってくると視界が開けるように。

私たちがまっすぐにこの山頂に向かって昇って来られないのは、その道があまりに混乱しているからだ。
余りに険しく見えて、昇るのを躊躇したりあきらめてしまう人もたくさんいる。
もしくは途中の景色が余りに魅惑的ゆえに、そこに留まってしまう人もいる。

でも、どちらかと言えば、現状が険しく危険である方が、何とかして昇ろうとがんばれるのが人間かもしれない。
留まっても引き返しても、今よりいい材料が見当たらなければ、昇るしかない。
今がそこそこ魅惑的であれば、それを振り切って山頂へはなかなか踏み出さないだろう。

私は今では人間がネガティブだと考える物事の重要性を思い知る。
「苦しむものは幸いである」
その人は与えられるであろう。
天国への、安息への、神への切符を。

苦しみもご褒美も、今日の糧も、いのちも、すべては天から与えられている。
何一つとして自分で作り出したものはない。

それがわからないと、与えられているものに対して疑問が生まれて葛藤してしまう。
苦しみが与えられても、ご褒美が与えられても、糧が与えられることにも、人は苦しむ。葛藤する。
けれどその人はいづれ見つける。その答えを。

答え、それは、すべては与えられている、ということだ。
それがわかると、感謝と平安が来る。
でもそれは、その人の内側で実感されなければならない。

実感。

実感には体験が必要だ。

その人が自ら選び、開き、受け入れることでそれはなされる。

体験とはむやみやたらに出かけていって無謀なことをすることではない。
いつでもどこでもできるし、たとえ自ら出かけていっても、自らを開くことなく、与えることなく、受け入れることなしにはそれはできない。

体験とは。

体験とは。

体験とは。

瞑想こそが体験。

アーテイストには体験がある。

そこには瞑想があるからだ。

創造がある。

創造。

創造とは。

体験だ。

私の仕事の一つは混乱を解くこと。
自分の混乱を解いてきた体験をシェアしている。

それからもう一つ、それは、真実を私の目を通して伝えること。
だから、どんなときもどのような混乱の中からも、真実を見つける訓練を欠かさない。

とても難しいけれど、それが私の世界を明るくさせる。
希望を、勇気を、本物にさせる。

それなしには生きることはできない。
私は弱い人間だから。

私と同じように、弱くても、人は生きられるということを、示していたい。
弱くても、歪まずに、あるがままの光を放ちながら生きられるということを。

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