平和的対立

この三次元の世界には二極が存在していてそれはどこまでもがそうだ。
一つの命題を言えば対極が存在する。
すべては相対的にしか存在しえない。
一つを推奨するなら、世界を共通の認識のもとに限定しなければ討論は進まない。
その二極の世界を超越して絶対に位置しているものを
私たちは神と表現したりする。
相対的な世界で相対的な討議をし相対的な結論と対処を求め合っている時に
神(絶対)を持ち出すのはルール違反だ。
インドの賢人なら「浮世の責任だけを神に押し付けるのは間違った認識だ」と
きっとおっしゃるだろう。
もし今が戦争、弱肉強食、コントロール支配という世界の成り立ちを
人間が卒業できるチャンスであるとすれば
その差し出されたステージにぜひ上がってみたいと思う。
二極が対立することは、この次元において間違ったことではない。
戦争は二極の対立のためではなく
暴力的なビラミッドによって起こっている。
健全な対立は、創造活動において必須だ。
次のステージへ行くためにもここはしっかりと学ぶべきポイントなのかもしれないと思う。

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