すべての道はそこへ続く

これまでのセラピストとしての経験から

心身の不調の要因として

「起こっていることを受け入れない」ということはとても大きいと考えています。

頭や気配で知っているけれど

心でそれを感じようとしてみると抵抗があったり痛み、苦しみを感じるというとき

心ではそのことを受け入れられていません。

そのことに気づけないと意識下で葛藤が起こります。

無意識にそのことを避けようとしたり封印したりしていると

そこで本来感じられるべき痛みや苦しみは薄められ

もやもやとして潜在意識下に残ります。

表面意識では忘れようとしているので

実際表面では起こったことや感じたことは忘れられていき

もやもやの感覚だけがずっとそこに残る感じです。

そういったことが少しずつでも重なっていくと

いつも心と体が重たいな、だるいな、スッキリしないな、おかしいな、病気かな、

という風に認識されるようになります。

また、それでも我慢したり無理して日常を続けていくと

ますます心身は重たく硬くなります。

動きがなめらかでなくなり、反応も鈍く、またかたよるために

特定の感情はふさがれてしまいます。

例えば軽やかな感覚やしみじみとした喜び、感謝などは感じにくくなります。

これらの感覚は細やかなバイブレーションを持つので

硬直した状態では感じにくいのです。 

また、痛み、苦しみを封印していますので

それを引き出す要因となった不快な感覚は抑圧されたまま

実際は無意識でありながら、それと同類の感覚はずっと身にまとったままになります。

例えば痛みを恐れて怒りを抑圧してしまったとすれば

怒りをなるべく解放されない方向へ自己を向けるようになり

それだけ抑圧されたまま怒りを内包しているので

実際は怒りを引き寄せやすく、怒るべき場面、機会に遭遇しやすくなります。

それは気づいて解放するチャンスなのですが

抑圧が続いているのでますますぎゅっと抑えつけてしまいがちです。

そうすると本人はどんどん重荷を大きくしてさらに苦しむという構図になります。

こうしたスパイラルには、心身の構造上、誰もがはまる可能性を持ちます。

うつ、という病気が今非常に多いのですが

元々はこういった心身の正常な防御反応から来ているのではと考えられます。

アレルギー反応が外敵からからだを守るための過剰反応だということと似ています。

仕組みを解体していくのは手間のようですが

本当は近道であり、その作業自体が学びであり人生において実り多いものだと

私は感じています。

人間が本来身をおくのにふさわしい環境というのは

愛という軸、愛という価値観、観点から

様々なことが体系付けられているということだと思います。

それが大きく欠けている、見落とされている環境では

人の心身は機能不全となるのは当たり前のことです。

人はパンのみにて生きるにあらず、ということが社会に反映されない限り

心や感情というものは厄介な異物のように扱われることでしょう。

生産性を上げるということが最上の目的であれば

心に幅を持った人間などという存在は無駄だらけな生き物です。

機械のほうが優秀です。

実際に機械みたいに動ける人が点数を上げ、賞賛を浴びてきたのが世の中ですが

そうである限り、権力による支配や、差別などの根源にある意識は

浄化されることはないでしょう。

基準が違う、ということは今回原発の問題を見ているとまざまざと感じます。

「推進」と「脱」では同じ土俵で比較しきれない部分があります。

私たちはより崇高な基準というものに目を向けない限り

真の前進を選ぶことができません。

実際はコスト面やリスクなどの実際的な規準で比較しても「脱」が優位なのですが

そこは情報操作でうまいことコントロールされてきていますので

見たくない人に真実を伝えることはとても難しくなっています。

ともあれ、浮上してきた一つの問題は

つまるところ内面に繋がっていて

私たちはそこに向き合うことによってのみ

真実に近づくことができ

真実を受け入れたときにのみ

前進することができる。

その前進とは、愛への一歩であり、幸せへの一歩だ、と

やはりそこへしか繋がっていないと痛切に感じています。

見えないいと

みなさんいかがお過ごしですか?

昨日は豊崎の美容室で美容師さんから

県外から避難していらしている方がたくさんいらっしゃるとうかがいました。

関東からの妊婦さんが多く、みなさんストレスを抱えていらして

美容室でとても癒されたとおっしゃっているとのことでした。

美容師さんは

「でも放射能はニュースを見てると大丈夫そうだなと安心していましたけど、違うんですかね?」

とおっしゃっていました。

あ、そうなのか、と状況を飲み込むのに一呼吸かかり

その呼吸で彼女は、そうではないと私が思っていることがわかったようでした。

沖縄は距離があるから少し遠く感じますけど、いろんな方のお話が聞けてよかったと思うんです、

と彼女は話してくれました。

 

今回の事故の主役である原発を調べていくと

私たちがこれまで知らずに生きてきた上で

心身の健全性を損ねてきたものの原因は

実はとても身近に、私たちの生活のすぐ下に流れてきた

権力の支配とコントロールが大幅に占めるのはないか、と思うに至ります。 

これまでに私たちが「なにかどうしようもないおおきなもの」のために

個人の意志ではどうにもならない問題として受け止めてきたもの

例えば戦争、例えば伝染病、例えば差別、例えばアレルギー体質、

例えば鬱のような症状、例えば飢餓、例えば貧困、例えば自然災害の一部まで・・・

もしこれらのことが誰かの意志によって意図的にコントロールされていたとしたら

当然のことながら何も知らずにいつか消滅することを願って祈ったとしても

それらはなかなか消滅することはないでしょう。

私たちはそれを強要してくるものに対してNOと決意しなくてはならなくなります。

そこからしか次への進展は生まれないだろうと思われます。 

 

逆に言えば、私たちの意識レベルが高まり

平和と愛の次元で物事を選択し創造するレベルにまで到達したからこそ

これらの低次元でのコントロールが明るみに出て

私たちにNOという表現をさせる準備ができたといえるのかもしれません。

 

いづれにしても、私たちは物事をできる限り意識的に捉え検証し、

愛という知覚に照らして判断し、選択していかなくてはならない

重要な時期に来ていると言えます。

内なる神に常に問いかけ、導きを願い

勇気を持って進んで行きたいものです。

試練と実りと豊かさ

http://www.youtube.com/watch?v=Ev3ACAFNROQ

岩上安身さん、地上波に出られたんですね。

Ustreamでずっと東電の会見に張り付いていたジャーナリストです。

小出さんらへのインタビューでもすばらしい内容を伝えてくれました。

 

炉心溶融の危険を事故直後から言ってきた科学者、ジャーナリストは

ことごとくテレビからほされてきましたので

情報源をテレビと大手の新聞とされてきた方々は

現実に起こっていたことを知らされずに

操作された情報を言い聞かされてきたかたちになります。

岩上さんがここでしゃべっている内容は本当に当たり前すぎることなのですが

知ることでショックを受ける方もたくさんいらっしゃるかもしれないんですね。

そんなことがこの狭い日本で起こるということも驚くべきことです。

原発の事故の収束は、現状とてもとても困難だと推測できます。

政府の発表している工程表は、どううかがってもおかしくつじつまが合わない。

時間も労力も、もっとかかると考えるのが普通ではないかと思います。

メルトダウンしている核燃料について明確で安全な処理法はなく

現状の対処はすべて、優しく言って「手探り」であり

手がつけられない状態であるというのが本当のようです。

そうなれば個々の人生のプランの見直しも必要になり、対処も腰の据え方も覚悟も違ってきます。

 

けれども経済面や国際社会での関係を鑑みると

危ない、危機だと政府が公言することにも危険があるのかもしれません。

海外では現在の日本の何十倍も、何百倍も、放射能に対して危惧しています。 

日本が経済上孤立へ向かっていることも事実で

消費税10%などというのんきな対策などではどうにもならないのではと懸念せずにはいられません。

いっそベンジャミン・フルフォードの勝利に賭けてみたい気持ちにさえさせられます。 

私たちは今、どれだけ真剣になってもおおげさではないほどの状況の中にいることは間違いないでしょう。

パニックを避けるどころかパニックを乗り越え、何事も乗り越えていく姿勢なしには

前進は難しいのではと思われます。 

そのためにも正確な情報の開示と(それは政府の体質からしてとても難しく見えますが)

受け取る側の心構え(情報に対してオープンでいること) が大切だと思われます。

後者に関しては、やはり不要な恐れを鎮めることはどうしても必要です。

こんなときだからこそ、瞑想は急務です。 

 

これらのことは逆に言えば、この時期を大切に丁寧に乗り越えれば

大きな実りと人生の豊かさを得ることに繋がるとも言えます。 

高次元の光

沖縄は梅雨明けかな~というほど美しい夏雲の晴天です。

ベランダをごしごしデッキブラシでお掃除しました。

特にとても放射能を意識してということではないのですが(もともとお掃除が好きなので)

先ほどだんなさんが見ていた資料を見たらちゃんと沖縄にも届いていました。ヨウ素131。

 

文部省の放射性下降物のデータなのですが私の住居に近い南城市で測定されていました。

積算値で見ると、札幌が2.6なのに対して沖縄4.8(MBq/km2)ということで

しかもこの4.8には4月5日の一日で到達しています。

毎日風向きチェックしているつもりでしたがこんな感じで抜き打ち的に集中して訪れるものなのですね。

驚きました。

北海道意外と数値高いな~大丈夫かな~と思っていたら沖縄のほうが高かったのもびっくりです。

と言ってもヨウ素131だけですが。

 

これから多くの物理的な問題が出てきて

ますます多くの人が多くのことに対処しなくてはならなくなってくるでしょう。

私の苦手な分野である経済の問題も日本にのしかかってくるでしょう。

個々としてはますます、問題の分類、整頓が大切になると思います。

心配しなくていいこと、すぐに対処しなくていいことはいったん頭の中のリストからはずすようにしましょう。

そしてはずしたものについて考えるときは恐れからでなく愛の見地から、考えるようにしましょう。

本当に今すぐに対処すべきで実際に行動に移せることは日常の中では意外に限られています。

震災のショックから、脳の中では非常事態にまだ対処し続けている場合があります。

表面だけが日常モードになって脳がそうなっていないと少しのことで気が立ったり、ぴりぴりとしたりします。

また緊急モードから急に刺激の少ない環境に移り対処すべき対象がなくなってしまうと

虚無感や罪悪感に襲われてしまったりします。

緊急非常モードの意識は荒く自己保存的な波長なので

小さなことへのきめ細かい対処も不得意です。

ですが今多くの人が日常の中で必要とされていることはとても地味で小さなこと

(例えばマスクをしましょうとか拭き掃除しましようとか)ですので根気や忍耐が必要となります。

やる気があり前向きで細かいことにも対応できる状態であることができるよう

瞑想して内側を光で満たしましょう。

 

昨日の糸満の美々ビーチの夕日の写真です。

ヒーリングのツールになるようアチューメントしておきます。

お時間のあるときに「私は高次元波動の光を受け取ります」と宣言して

写真を1分ほど眺めた後、2~4分ほど目を閉じてリラックスしてください。

お時間が許せばそのまま少しお休みください。11-05-20_006.jpgそれから、今日は「小出裕章さんと斑目春樹さん」の画像を上げておきます。

小出さんが原発がどうしていけないとお考えなのかよくわかります。

斑目さんに対してちょっと悪意のある編集になっていましたが

顔や口調、善悪の判断でなく、

真意と意図についてお考えいただけたらいいなと思います。 

 http://www.youtube.com/watch?v=AksrgkxQ7pA&feature=related

平和的対立

この三次元の世界には二極が存在していてそれはどこまでもがそうだ。
一つの命題を言えば対極が存在する。
すべては相対的にしか存在しえない。
一つを推奨するなら、世界を共通の認識のもとに限定しなければ討論は進まない。
その二極の世界を超越して絶対に位置しているものを
私たちは神と表現したりする。
相対的な世界で相対的な討議をし相対的な結論と対処を求め合っている時に
神(絶対)を持ち出すのはルール違反だ。
インドの賢人なら「浮世の責任だけを神に押し付けるのは間違った認識だ」と
きっとおっしゃるだろう。
もし今が戦争、弱肉強食、コントロール支配という世界の成り立ちを
人間が卒業できるチャンスであるとすれば
その差し出されたステージにぜひ上がってみたいと思う。
二極が対立することは、この次元において間違ったことではない。
戦争は二極の対立のためではなく
暴力的なビラミッドによって起こっている。
健全な対立は、創造活動において必須だ。
次のステージへ行くためにもここはしっかりと学ぶべきポイントなのかもしれないと思う。

タフでない人のメソッド

みなさんこんにちは。
雨が上がって美しい夏空が目の前に広がっています。
干潟は今徐々に満潮に近づいてきています。
先日の満月以来、地上のエネルギーがシフトしたようですね。
このエネルギーに任せてなるべく不要な重荷を降ろしましょう。
お月様が小さく細くなるに従って、
私の重荷も小さく軽くなっていきますように、と
願いましょう。
不思議なことに
小さな一つの重荷が降りただけで
他の重荷も軽く感じられるものです。
人間は多くの重荷を感じているとき
この中の一つくらいがなくなったってしょうがないじゃない、と
思ってしまいがちです。
だからもう、全部、いいや、とあきらめてしまいそうになります。
本当は、ひとつだけ片付けば大丈夫ということがたくさんあります。
人生に重荷を感じているときに
放射能のことなんかに気をつけてなんか生活できないよ!と感じるかもしれません。
でも、場所と環境によっては
今日はマスクをして出かけるでいいかもしれません。
雨が降れば、かさをさすだけ、
あるいは、今日は出掛けないから床のふき掃除だけですむかもしれません。
今、とりあえず急がなくてはならないことの一つは
現在毎日たくさんの放射能を浴びてしまっている子供たちが
これ以上たくさん浴びなくて済むように
間違った決まりを直すこと。
何が間違っているのか、知らない人には伝えてあげるといいと思います。
まだまだ、テレビのニュースしか見ていなくて
20ミリシーベルトが安全と感じている人もたくさんいると思います。
言葉で伝えるのは難しいので
誰かがまとめた映像などを見せてあげるのもいいかもしれません。
見るだけで、わかる材料はたくさんあります。
今日はこれをアップしておきます。
テレビの放送なのでご覧になった方多いでしょうか。
ネットワ―クで作る放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月~
私は心身ともにタフでないので
いつも自分を点検して
不要な重荷を降ろしまくっています。
そうすると、新たな課題に取り組むためのスペースが生まれます。
軽くすれば、少しのエネルギーでたくさん進めます。
またより道を減らせばそれだけ早く行きたいところにたどり着くこともできます。

ここまでのまとめ

あまりに多くの事実が出てきているので、わたしなりに少しまとめます。
と言っても私の視点は終始「ひとりひとりが幸せ」ですので、その観点からになります。
まず今、おおざっぱに言いますと
テレビで発表されてきた、政府、東電からの情報は
大事なこと(個人が身の処し方を決めるような重要な判断材料)は
ほとんど嘘と隠蔽だったということです。
私はテレビを見ませんので
震災直後からニュースはネットで見るしかありませんでした。
それが今では「幸いだった」と断言できます。
Ustreamというインターネット放送が頼りでした。
そしてそこにはまず、報道協会とフリーランスのジャーナリストの対立があり
報道協会の在り方は概ね信用できないことがわかりました。
理由は根深いですが、表面的なことを言えば
彼らは政府のスポークスマンであり
スポンサーが必要な立場であり
東電は非常に大きなスポンサーであったからです。
そしてフリーのジャーナリストは迫害されており
テレビなどからも排除されていましたので
彼らの伝えようとすることをキャッチするには
インターネットしかありませんでした。
また、原子力資料室というところが小さな会見を始めていて
そこには元東芝の社員で原子力発電の格納容器の設計をしていた後藤政志さんが
非常にタイトにご自身の知りうることだけを淡々と語っていました。
それを見ているうちに、
これは、原子力発電というものはとんでもなく危ない代物であり
推進を国策として進めてきた人の意図は
とんでもない動機と目的に基づくものなのだと思い当たるに至りました。
なぜなら、それは多くの国民にとって利益よりもリスクが圧倒的に大きく
また得られるエネルギーに比べて出るごみは莫大で
しかも最終的にその処理法もみつかってすらいない。
そのごみは人体に有害で、遺伝子が損傷を受けるという致命的な毒物であり
このごみの管理は数万年先の子孫にまでまる投げするしかないという
ばかげていて幼稚な計画に基づいていて
国と企業が結託してその利権にあやかり
その背後には世界の核保有問題、つまり戦争ビジネスの駆け引きがからんでいて
表には出てこない各国と日本との関係や
世界規模の権力と金融が大きく結びついているのだ、
という辺りまで視野に入ってきました。
当初はUstreamでもNHKの放送をしていましたので
見比べてみるとまるで別の世界のことを言っているように見えました。
地震と津波の被害はもちろん非常な衝撃でしたので
当初はそういったショックの渦の中におそらく日本全体があり
情報を受け取る側の混乱は余計にいろいろな真実を見えなくさせているようでした。
政府は当初、原発の事故は非常に小規模でであると宣言しました。
避難区域はとても狭く設定され、直ちに健康に危害を及ぼすものではないを繰り返し
テレビには推進派の御用学者と言われる人だけが出てきて
すでに崩壊している安全神話を繰り返し語り続けました。
ですが今では原発事故の被害レベルは最大の7と定められ
御用学者たちは嘘ついてましたと謝り
とうとう当初から善意の専門家やフリーのジャーナリストの間で危ぶまれていた
メルトダウンが認められました。
その間も、メルトダウンなどの可能性と危険を訴えていたジャーナリストや科学者は
流言飛語などと非難、迫害され続けました。
メルトダウンの確認に時間がかかったことは仕方ないかもしれませんが
卑劣だなと思うのは、
これらのことは専門家であれば、いろはのい、というレベルで予測できたことであり
国民の命と安全を優先してさえいたならまず避難が最優先だったことは明白なのです。
しかしこれらの迫害、情報操作、隠蔽以上に
日本国民に対する最大で最初の裏切りとなってしまったのは
最初の水素爆発の時点で相当量の放射能は流出していてしまっていたことです。
ですから爆発がこわいな、と思っている方は
少しポイントがずれていて
もうすでにそれ相当のことは起きていると解釈しなくてはならないということです。
そのことを政府はひた隠しにしました。
データも出さない、安全だと繰り返す。
そしてタイミングをずらして後から小出しに事実を明かす。
大小取り混ぜてそういったことを繰り返すことで
国民の健全な反射と行動力は随分そがれてしまっていると思います。
それから皆さんの未来に直接かかわる大切なことで
現在まだ改められていない重要な問題は
特に子供の被曝許容量の大幅増です。
年間20ミリシーベルトというのは事故以前の20倍です。
放射線学の権威である小佐古元官房参与の辞任会見の映像
あれをご覧になってただ事ではないとお感じになった方は多いのではないでしょうか。
あれは多くを物語っていたと感じます。
こちらからYTubeで、見られます。冒頭1分です。
私が今回の原発事故を通して一番痛切に感じているのは
「いくらなんでも、テレビが、国家が、そんなにうそつくはずはない、
そこまでわたしにひどいことをするわけない」
という思い込みは微塵も通用しない、ということなんです。
原発の問題は、私たち一般市民のみならず
国家をもそれほどに追い詰めるだけの根拠がある
巨大なパンドラの箱だったということです。
巨大な利権と地球規模の権力の駆け引きがからんでいます。
以前にも言いましたが
私たちは知らないうちに、戦争にまで加担していると言わなくてはなりません。
これが国内のエネルギー政策の問題であれば
国家だってここまで国民を裏切らなくて済んだはずです。
何度も言いますが彼らはそこまでばかじゃないし、血の通った人間です。
こうまで卑劣な手を使わなくてはならないほど
おかしなことはしなかったはずです。
ですから今回の菅首相の浜岡を止める決断は奇跡に見えました。
ですが現在の停止は暫定的であり、実際に地震が起こったなら耐え得る準備はないようです。
燃料棒を抜き、廃炉にしなくてはなりません。
私は今回原発の事故に非常に関心を持ち動かされ
いったい自分はどこまでこのことを追いかけるのだろうと何度も自問しました。
私のつぶやきに不快な思いをされた方もいらっしゃるようで
予想はしていましたが実際に抗議されるとやはり胸は痛みました。
ですが、だからと言ってこのことだけは私も黙ることができません。
それがなぜなのか、ようやく最近わかってきました。
それは、私にとってこの人生の中で最も大切なテーマである
「個々の幸せ」と同時に
「愛と平和の世界を創ること」と直結しているからです。
このトンネルは、戦争と平和、という出口に直接繋がっています。
だから、こんなにも、掘りたかったし掘らずにはいられなかった。
それがようやくわかってきました。
いろいろなことが同時に起こっています。
時間は濃密に縮められ、私たちには多くの重要な選択肢が目の前に差し出されています。
私が望んでいるのは
今地上に来ている仲間たちとできる限り一緒に
差し出された選択肢を検証し、選び、トンネルを掘り
平和という出口を目指したいということ。
そしてできたらこのからだで
そこに広がる世界を実感してみたい、ということなのだろうと思っています。
今日のところは以上です。