核・前編

愛と平和を指針とする人たちは
すべての人の心に神が存在し
すべてのいのちは尊いのだという事実を漠然とだとしても受け入れています。
ですから例えば今、原発という問題が浮上してきたとき
これはすべてのいのちの権利である尊厳を守れないものだと察知して
廃止しましょう、という意見を持つというところへたどり着きます。
未来を含めてのすべてのいのちという観点から観たとき
原発はどうしてもフェアでありえないことがわかります。
そして、たとえ目先は困難に見えても
人権と尊厳を守る上で、より良いものをみつけて
それを具現化する努力を惜しまないと考えます。
そのほうが己の魂に恥じない正しい道であり
すべてのいのちに対して尊重できる姿勢であると知っているからです。
それに対して、地上の欲望の対象を得ることこそが
人間の生きる目的だと考える人も大勢いるはずです。
もちろん、愛と平和が大切だと考える人の心の中にも
欲望というものがあり、自分や自分の大切な人を守りたいという思いはあります。
国家が、家族のように愛によって結ばれるものだとするなら
その代表である政府・政治家は、国のお父さんとして
時に自己犠牲を飲み込んでも国民を守ろうとするのが自然です。
今回の震災で、南相馬の市長さんはじめ、町や村にそういう方がたくさんいらして
ご自身やそのご家族が犠牲になりながらも
市民の救済を優先して働き続けた方々の姿に心打たれました。
本当に多くの方々が、極限の状況に立たされながらも
他者のいのちを救うことをとっさに優先なさったという現実を知りました。
そうしてたくさんの方がご自身のいのちをその行動に捧げられました。
日本という国家を代表する政治家の中に
そのような魂の姿が見えないのはいったいどういうことなのでしょう。
彼らは何を目標とし、指針としているのでしょうか。
日本という国家の存続を、国家の平和と国民の幸福を、彼らは望んでいるのでしょうか。
その根本が私にはわかりません。
国家にとって経済は大切です。
私はわりと現実をみますし
みんながご飯を食べられないのに愛さえあれば平和だなんてちっとも思いません。
人間は愛を学び創造するためにも生きなくてはならないのです。
そのためにはふさわしい環境というものが必要です。
その環境を作り分け合うために人間は責任を負わなくてはなりません。
ですから精神論でなく、国家を率いる政治が目指しているところを見たいのです。
彼らは日本をどうしようとしているのでしょうか。
もしくはどうしようとも思っていないのでしょうか。
そういう観点から彼らの目指すところを観ようとして
この一月半あまり、情報収集と勉強と観察と考察を重ねてきて
いよいよこれは、国民と国家の意志は
とんでもなくかけ離れているぞということが見えてきました。
私は最初、国民の半数が脱原発という平和への道を選ぶなら
ことは動くだろうと考えました。
いくら利権と強欲にまみれた権力者でも
過半数という勢力には勝てないだろうと思っていました。
最初に原発事故に対する隠蔽がありました。
事故だけど、全然小さい、危なくない、と言いました。
放射能がいっぱい出たことは黙っていました。
その間みんな被爆しましたが
これくらいならただちに死んだりしないので黙って済ませました。
テレビで名のある人たちが言い続けて時間を稼ぎました。
ネットでは事故の次の瞬間から
原発を良く知る、善意と良心ある人たちは事故を検証し、真実を追究していました。
テレビでは、彼らのことを「反原発イデオロギーのヒステリー」と呼び侮蔑していましたが
結果はネットで訴えていた彼らの言ったことがほぼすべて事実であり真実でした。
政府は「隠してました。嘘でした」と白状し、大手のニュースもそう伝えました。
すると今度は、事故が小さいのは嘘で、放射能はいっぱい出てるけど
放射能は危なくない、と急に言い出しました。
だから、浴びても大丈夫、と。
事故の前に限度だと言っていた量の20倍浴びても大丈夫ということにしました。
子供たちは甲状腺がんになりやすいかもしれないけどこの際でも浴びていいです。
がんは先のことですから。
放射能入りの野菜も、みんな食べますから食べてください。
売ってもいいです。
現場の作業員は、いくら浴びてもいいことにしようかと思います。
がんになるかもしれませんが、ただちにでないならいいでしょう、関係ないです。
誰でもほっといてもがんになるからいいんです。
それで、ついでだから言いますけど
原発はもっと動かそうと思います。
津波が来てもいいように防波堤作るのに税金使います。
東北の復興には増税しますけど、ちゃんと払ってくださいね。
今止めている、日本で一番地震に弱くて地震が来る可能性の高い場所にあるやつ
動かす準備始めます。
他の電力はお金かかりますよ。もっと増税しますよ。電気料金上げますよ。
いやでしょ、だから原発増やしますよ、これからも。
福島は失敗してしまいました。
それは謝りますけど、反省はしてません。基準を変えます。
みんながんばって働いて税金もっと払ってください。かんばりましょう。
こうまでして日本国民に対してあえて不利益に導き
押し付ける態度の真意はなんなのでしょう。
純粋に疑問です。
このような不利益を平然と突きつけられているのだから、心ある人は怒るでしょう。
なんてこと言うんだ、お前はあほか、となるでしょう。
でも、おかしくないですか?
国家のトップに立っている人です。
子供のころから、頭が良かったはずです。
ずっとトップに立ってきた人たちです。
そしてよほどのことがないと這い上がれない地位についてる実力者なんです、彼らは。
いくら弱者になったことがないからといっても
ただばかで、わからなくてやっていることとは思えません。
彼らが国民に見せている姿は、中学生にもばかにされますよ。
中学生にもばかだとばれるような行為です。
でも彼らは本当は絶対にそんなばかではないと思うんです。
心が汚れているか、とか、魂が死んでいるか、と言えば
そうかもしれませんが
頭はいいし、今もものすごく頭を使っているはずです。
だから、彼らは多分、心ある国民にばかだと思われてもいいんだと私、思うんです。
そんなのわかってやっているんだと思うと、いろんなことが見えてきます。
つまり心ある人が目指している「良きこと」と
彼らの望んでいる「良きこと」は
まったくもってかみ合っていないのだということです。
心ある人は、彼らにとっての良きことがなされることを目指しているので
それができない政府はばかなんだと思います。
でも、政府は全然違うことを目論んで、それを意志を持って実行しているので
彼らはちゃんとうまくやっているんだと、私は思うに至りました。
つまり心ある国民は、政府を善意に解釈し、無能だと勘違いしており
政府は国民に愚行に見せかけて
しっかりと彼らにとっての実利を得ているのではないか、と私は推測しました。
そうでないことにはあまりにすべてがお粗末、茶番すぎます。
突っ込ませすぎなのです。
ここまでもこれからも全部私の推論です。
しかもにわか社会派みたいな不勉強な私ですので
踏まえたうえでお付き合いいただければさいわいです。
原発の問題は、日本国内にあかりをともしてくれる電力の問題ではありません。
これは、核保有の問題であり、世界の問題です。
核をどれだけ保有しているのかは、世界各国の強さを表し
お金を表しています。
政府は国民の安全、幸福、生活の保証というあらゆる利益をリスクにさらし
また評価を落としてまで、原発にしがみついていて原発を死守しています。
どう見ても不自然です。
世界には実際に自然エネルギーに移行し成功している国があります。
その国で使っている技術や道具は日本のものだそうです。
孫正義さんが提案したエネルギー政策案はすばらしいものですが
アイディアだけでしたら心の汚れていない中学生が考え出すことができそうな
至極まっとうな案だと思うのです。
つまり多くの人が望むような、支持されやすいアイディアだということです。
心ある人はだれだって喜んで飛びつきたくなります。
でも、世を動かす政治家は心動かされないようです。
国内だけの問題ではなく、外交というしがらみがそうはさせないからではないでしょうか。
多くの国家が核を持ちたがっています。
孫さんの言うように、原発はもう時代遅れです。
ですが、日本は原発でしか核を持つことができません。
日本国家は原発を隠れ蓑にして核を保有したいのでしょうか。
日本を核廃棄物の墓場にしようとしているのでは、という推論があります。
読むほどに、現在の状況と推論とが見事に符合していました。
また、今回の地震そのものが人工の、地震兵器による攻撃だったという意見もあります。
ネットで情報収集している方はほとんどここに一度は行き当たるのではないでしょうか。
私は最初の一ヶ月は無視していました。
震災からほどなくネットで情報を探すようになって
NHKなどの地上波情報とネットでの情報でのギャップに疲れ
主人が「もういい、俺、陰謀説(人工地震によるテロ説)を採る」と(ギャグで)言って
2人で笑った、というようなエピソードがあり
存在は知っていましたがもちろん度外視していました。
そんなものに首を突っ込んだらいくら私たちだって混乱すると思ったからです。
出来事と出来事の間のみぞを埋めるべく考察を重ねるうち
何度も行き詰まり、行き詰まりを突破する情報を求めると必ずみつかるのが
地震兵器HAARPのことでした。
そもそも日本が原発を離れられないのはなぜか、
何のために原発を持つのか、
原発とは国家にとってなんなのか、などと問いかけていくと
原発とは核であり、核は戦争の切り札であり
戦争とは人間の集合意識の怒りのはけ口などでは決してなく
金儲けの手段であり権力支配とコントロールだということが見えてきます。
その権力と日本国家は私たち一般市民にはうかがい知れない取引をしていて
その取引を遂行しているため
国民の良心や安全を求める声は反映されることなく無視され続けるのではないでしょうか。
地震兵器はそういった権力の取引のために仕掛けられたひとつの手段だということなのです。
地震兵器だなんて、ばかばかしい、と怒る人が大勢います。
私も自分のブログに地震兵器のことを書くに至るまでは相当考えました。
そっちのほうの人、みたいな偏りを自分は持ちたくないという気持ちもありました。
ですが、日々報道される大本営から送られる意味不明なニュースと
政府の取ろうとしている舵の向き、
それに対する心ある人たちの反応を見ていて
やはりここは避けては前に進めないんだろうなとカンネンしました。
地震兵器を調べると、これは荒唐無稽なフィクションではないことが見えてきます。
(後編へ続く)

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