神を語り始める

スピリチュアルで大切なことは真の自己を探求しそれを体験すること。
真の自己というのは、すべてに偏在する神のことです。
神を探求するのが宗教ですが
宗教では神を信じることが基になっていて
神の加護を得るためには教義を守ることが大切のようです。
ヨガは日本では一般にハタ・ヨガのことと捉えられているようで
健康法のひとつと見られることが多いようですが
ヨガは、神を探求し、神に近づき、体験するための方法(道)である、が本当のようです。
これまで、人類は教義や主義の違いによって対立してきましたが
それぞれの人が内なる神に目覚めたとき
すべての人が唯一の神を父とする兄弟となるでしょう、
われわれを神に目覚めさせるのは教義の解釈ではなく、魂の自覚です、と
パラマハンサ・ヨガナンダはその講話で語っています。
神は信じるべきものではなく、見るもの、体験するもの、
愛するものであるということです。
神について語ることは私にとって容易ではありません。
ですが私は心に苦しみが始まるもっと以前からずっと
神を探し求めてきたように思います。
私は瞑想を通じて、また意識を変える実践によって
見えない世界こそが物質次元の核となり
世界を動かし形作っていることを目の当たりにしてきました。
私の目が開かれるほどに
それははっきりと細部まで見えるようになりました。
その体験は、浅いレベルから徐々に深まっていき
例えば、以前はシンクロだ、すごい!と感じていたのが
今ではシンクロしか起こってない、ということがわかります。
何を祈るべきかがわかり、それが即座に届けられていることも
実感するようになりました。
以前に大事だと思っていたことは今は大した問題ではなくなり
何が大切なのか、そしてそれを大切にする方法や
そうすることによってどうなるかもわかってきました。
祈りはいつも一人で、隠れてするものと覚者は教えました。
本当に内側が静かになるととたんに祈りは隔たりなく届くようになり
必要なことが起こるようになります。
おぼろげながら、神の姿がわかってきました。
当然のことながら、世界はひとつであり、神はひとつであると感じざるをえません。
神が救わない人は存在しません。
私たちがそれを選ぶか、求めるかだけです。

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