あしたのジョーと宇宙戦艦ヤマト

なぜだか、あしたのジョーと宇宙戦艦ヤマトがこのごろ実写で映画化されている。
どちらも私の父の(声の出演の)代表作だ。
私は生まれながらにテレビから流れる父の声を聞いて育った。
あしたのジョーはものごころついた頃から繰り返し再放送され
高校生になっても、クラスの男の子達は
あしたのジョーやっているから早く帰ろうぜ!と
放課後そそくさと帰っていったのを覚えている。
ヤマトのほうは、テレビアニメで宇宙で戦争する、なんてもののはしりだったと思う。
毎回番組の最後に
「地球滅亡の日まであと285日しかないのだ」とナレーションが入るのがこわくて
小さいほうのテレビでおばあちゃんとフランダースの犬を見たりしていた。
ヤマトの人気のおかげで日本では初めて声優という職業が脚光を浴びるようになり
父の人気はすごかった。
ファンクラブがあって、
バレンタインデーにはダンボール何箱分かのチョコレートをいただき
私たち3人きょうだいは、それはたくさんのチョコレートにありついた。
今振り返ると父は特に人気というものに奢ることも浮かれることもなく
いつもぴりぴりと生真面目に仕事に取り組んでいた。
ただただ完璧な仕事をすることだけしか頭になかったように見える。
父は舞台をとても愛していた。
声の仕事は、元々新劇の役者さんたちのアルバイトのようなものだった。
父は、舞台とは見た人の人生を変えるものだと言い
一方、声の仕事は「排泄物だよ」と言っていた。
決して声の仕事を卑下したわけではないと思う。
舞台のように無から有を生み出す壮大な創造物と
声の仕事のように普段培ったものを瞬間的に放出するしかないものとを対比したのだと思う。
しかしながら、父の声の仕事はまことに天才の業だったと思う。
ミクロン単位でどこを切ったとしても
その切り口には愛とか魂とかが宿っているのだ。
父という人の愛は相当にいびつで傷ついているはずなのに
彼の表現には恐ろしいほどの密度で存在している。
神業のように。
本人はどこまで自覚しているのかすらよくわからない。
時々すっとぼけたトーンで「みお、お父さんは、かみひとえだな?」とか言ったりする。
私は心底爆笑してしまう。
意識の光と闇のあちこちを旅した人だけれど
父の内なる神を私はわりと素直に感じることができる。
「みお、人生は魂が見ている一瞬の夢だ。
思い切り好きなように生きて、納得して死にな。」
自称無神論者の父の言葉。

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