「世界は内面の投影」を解く

ACIM(ア・コース・イン・ミラクルズ)の公式本である『奇跡講座』を愛読しています。テキスト編、ワークブック編、マニュアル編とあり、膨大な容量ですが、どのページを開いても同じことが幾多の側面から言葉にされているように私には読めます。

同じことというのは『真理』のことであると思います。真理について書かれているので、どの側面から切り込んでも結局同じところに着いてしまうのです。

しかし幾多もの側面からというのがミソです。なぜなら私たちはたったひとつの真実を本当にわかるために、幾多もの側面という壁を乗り越えなければならないからです。

さっきひとつの壁を乗り越えたと思ったのに今はもう別の壁に視界を阻まれ、本当のことが見えなくなっています。そうしたらまたその壁を乗り越える。乗り越えるというのは、気づくということです。今とらわれているな、或いは今見ている現実に見えるものはほんものではないな、と。

奇跡講座のどれかをなんとなく手に取って、てきとうにページをめくって目についたところを読む、ということをよくやっています。最近もまた、その一つの壁にどんと当たって目が覚めた気がしました。

そこにはこう書かれていました。

「外側に神がみがいる理由はひとつしかない。それは、内側に神がいるからである。外側の世界はすべて内側の世界の反映であるから。」

(だいぶ意訳になっていますが、同じページをみつけるのはかなり面倒なことなのでご勘弁ください。)追記:ワークブック編レッスン30でした。まさにこれをまるごと転載したいほどの1ページです。

「外側の世界は内側の世界の投影だ」ということも「神は内側に在る」ということも、既に慣れ親しんだ概念である方も多いでしょう。なのになんとなく、神さまは立派な建物や歴史上のステージや高貴な場所には確固として存在しても、自分の中のはまだまだ小さい、弱い、みたいなおかしな感覚を持っていたりしませんか。

外側の神のほうがなんとなくほんものっぽくて偉大っぽくて魅力的なイメージかもしれません。でもほんとうはどこまでもどこまでも、すべては内側に在るのです。神までも。宇宙までも。そして内側にあるもの以上のものはないのです。

例え人類のルーツが宇宙人だったり宇宙から来た存在であったり、またあなたの前世の誰かが宇宙人であったとしても、それが神だというわけではありません。それはあくまで歴史のことです。歴史のすべてに神は在ります。それはあなたの内側に神が在るから。

私はルーツとか歴史を知るのも好きなのですが、神を知るというのはそういう知的な欲求を満たすこととはまったく違うものだなといつも思います。地球では神を語るものがたりとして創世や統治が言われます。地上でのそういった権威や権力が神になぞらえられるのはきっと、人間にそのような理解力しかなかったからなのではないかと想像します。神はその王国を地上にではなく、もっと高次元の場に築きました。私たちの意識という場に。

ロック!をめぐる雑文

2日くらい前にたまたまYouTubeで「はっぴいえんど」の動画を見た。その少し前には「ムッシュかまやつ」周辺とスパイダース関連の動画で「日本のロックはここから始まった」と言われていたが、はっぴいえんどもそう言われていた。

私は1966年に生まれた。66年生まれには少しだけ思い入れがある。

まず、この年は60年に一度の丙午(ひのえうま)という干支にあたる。この年に生まれた女性は気性が激しく夫を食い殺すという言い伝えから出生率が前後の4分の3ほどになっている。だから子供の頃はなんとなくゆとりで育っている。受験戦争のさなかにあって実際なんとなくのんびりしていたし、競争が苦手で個人主義的な仲間が多かった。

1966年はまた、人気絶頂のビートルズが来日した年として有名だ。後にも先にもビートルズが来日したのはこの時だけだ。私たちは圧倒的な迷信をものともしない両親の意志とロックの新しい風と共に地球にやってきた。なんてね。

だからと言って音楽の中で特にロックを意識したことはない。ものごころつく頃にはロックは音楽のジャンルの一つとして認識されていたし、7~80年代はアイドルと歌謡曲が花盛りだった。そして何より、テレビというスーパースターの全盛期だった。

テレビを好きじゃないなんていう人に出会うこともなかったし、ある時期まではテレビなしの生活を想像するのもこわかったくらいだ。お茶の間の中心にはテレビがあり、その上そのテレビからは四六時中、父の声が流れていた。そう、父の生業はテレビでしゃべることだった。我が家ではテレビはよその家庭以上の地位を占めていたはずだ。

私は歌が好きだった。しゃべり始めるのと同じくらいの時期からマイクに向かって歌っていた。2歳で鼻濁音を使って歌い、3才ではマイクを独占してMCもこなして歌っていた。そういう録音テープが父によって残されている。ピンキーとキラーズの恋の季節(68年)とか、黒猫のタンゴ(69年)なんかを。

父は当時、同人舎プロダクションに所属していた。のちにうちに遊びにきた声優のおじちゃんからよく「美緒ちゃん、事務所のデスクの上でピンキーのふりまね付きで恋の季節をじょうずに歌ってかわいかった、でもそのデスクでおもらししたんだよ」と言われた。幼稚園生の頃にはそんな記憶も忘れていたので「へえ、わたしそんなことしたんだ」と思いながらもう一度レコードを聴いて恋の季節を覚え直したりしていた。

テレビによって与えられる音楽を喜んで受け取り、それらを真似て歌った。私にとっての音楽とは時折父と母が好きでかけている洋楽がほんのちょっとと残りのほとんどを占めるテレビの世界だった。

自分が仕事にしていたジャズは、多分母の影響で耳と心になじんでいるものがベースだ。仕事のためにもちろん多少の掘り起こしをしたけれど、どちらかというと自分が歌いたいもので、歌えるもの、を探すという感じだった。

つまり私にとっての音楽とは、与えられたものに反応しているに過ぎないレベルの世界だった。全体像なんてつかみようがなかったし、つかもうという発想すらなかった。

演劇に関してはちょっと違う。私は一応大学の演劇専攻に通っていた。通っている間は勉強もろくにせずにただ演じたいという欲求をかなえることに必死だった。けれど3年で中退し、その後真剣に演劇を続けていこうと思ったとき、急に知りたくなった。演劇とはなにか、またその成り立ちというものを。それで結構真剣に学校のおさらいをやったのだ。

ポップスのジュリーや映画のショーケンが大好きで、ムッシュかまやつのわが良き友よが好きで、堺正章は西遊記とかでなんとなく好きで、というのはその時々、ばらばらに好きになる場面があってそうなったけれどその人たちの源流がグループサウンズにあることは自分には関係がなかった。その世界は過ぎたものだったから。

細野晴臣はYMOのベースの人という認識しかなかった。中学1年のお昼休みに校内放送でながれたTOKIOとそれを聴きながらお弁当を食べているクラスメイトの顔と教室の空気が忘れられない。

中学に入って合唱コンクールの自由曲の候補にフォークソングを提案してくる同級生にはたいていお兄ちゃん、お姉ちゃんがいて、アイドルではない歌手をよく知っている。今思えば雑誌というものに歌詞とコードが載っているのを見かけたことがある。お兄ちゃんがいる友人のおうちで。

高1の夏休みのバイト先で聴いてちょっと惹かれたナイアガラトライアングルとその後もずっと好きな佐野元春。でも大瀧詠一と細野晴臣のつながりは知らない。

右肩上がりの日本のポップで優雅なテレビCMの多くは大瀧詠一に作られたり歌われたりしていた。

そしてなにより、テレビから絶え間なく流れるヒットソングの中でもとりわけグッとくる詞はほとんどが松本隆という作詞家のものだった。聖子ちゃんの新曲をドキドキしながら心待ちにしたり、妹と一緒に「いいと思ったらやっぱり松本隆か!」なんて子供ながらにテロップの作詞:松本隆に「またやられた!」なんて思ったりしていた。

でも松本隆がいったい何者なのか、まったく知らなかった。

歌番組で森山良子の歌を聴き(ざわわとかそういうののもっとずっと前です)この人の歌い方好きだ~と思ったらムッシュのいとこだったりジャズマンの子女だったりする。

でも依然としてすべては点と点。テレビの世界ではこれはほんものだと言われていたものが明日にはただの売り物になってしまう。売り物は人気が落ちると価値も落ちてとたんに色褪せていく。なんだか昭和のテレビっ子は与えられたもので満足し、飽きたら新しいものをあてがわれ、とっかえひっかえいろんなものに夢中になり、でも本当の価値がなんなのかなかなかよくわからなかったのです。

しかしこんな私も新世紀の文明の利器、パーソナルコンピューターによって、自ら進んで掘り起こすことが可能ということを少しずつ覚えました。

ムッシュかまやつとその周辺のミュージシャンの話、そしてはっぴいえんどのメンツのお話はそれはもう魅力的だ。私が掻き立てられるのは、彼らは音楽の全体像を掌握していて、自分たちがその最先端にいることを自覚していることだ。まだ日本にないものをアンテナを伸ばして掴み、体現する。そこにいながらそれをやっていることを知っているというところなんだと思う。

根掘り葉掘りするうちになんだかちょっと、それまでのほうぼうに点在していた点と点の間がやや埋まり、日本の音楽シーンの流れる雲みたいなのが、私にもちょっと垣間見れた。というか、これまでもや~っとしていた雲の中にいたのにかたちや流れが見えてきてものすごく興奮し、気づいたことを夫に向かってとうとうとしゃべり尽くした。

夫とは10年ひと世代違うので、点と点の話をすると音楽は特に話が合いません。が、全体の雲の話は盛り上がる。これは楽しい。

結局のところ、音楽シーンというのはその世界で生きる人々の人間関係図でした。松本隆と細野晴臣と大瀧詠一は大学生の頃に学校の枠を超えて出会って知り合って仲間になっており、はたちそこそこの男子が時空を超えて愛される音楽を作っている。そのこともすごいですが、その地図が広がったり狭まったり薄まったり濃縮したりの線を描きながら世界が作られています。

太田裕美と松田聖子と寺尾聡と南佳孝と斉藤由貴とマッチと薬師丸ひろ子と桑名正博は同じ人の書いた詩を歌ってそれぞれ多くの人の心に歌を残しています。そう思うと世界はなんだかずっとシンプルです。

私はそれらのヒットソングをよく知っていて今もそらで歌えますが、点の奥に流れるものが見えないと、やっぱり世界は縮まらない。すべてがばらばらに並んでいて、自分との関係性がわからないし、その価値もわからない。それは私が生きるこの世界についてとまったくおんなじなんだなあとつくづく思います。

私たちの生きるこの世界は、意識のエネルギーという雲の中にあります。一見、個々に人がいて、それぞれ独立した脳を持ち、アイデンティティーを持ち、その中にある価値観に従って生きているように見えます。でも私たちは本当は意識のエネルギーの関係性の中に生きています。脳はその横のつながりを感知しています。時には感情といううねりで、時には思念で、そして無意識的な感覚で、またそれよりも深く大きな、愛のエネルギーによって、常にやり取りをしています。

それぞれのエネルギーの特性と作用がわかりさえすれば、この世で人間が引き起こす現象を理解できます。そうすると、その世界とのかかわり方がおのずとわかります。自分をどう扱えばいいか、どう捉えればいいかがわかります。

それはすなわち、自分とは何なのか、自分をいかに生きるか、と同じ意味です。

人間関係を作る元は、自分自身との付き合い方にあります。自分というエネルギーが今何をしているのかに気づくことからその付き合いは始まります。

あてがわれたものに反応している人生から、自ら掘る姿勢への転換は何よりも大事なのだと思います。それはそのまま、潜在意識という混沌の中で夢をみている状態からの目覚めを意味します。難しいことではなくて、自分とは何者だ、という問いにあと半歩踏み込んでみる勇気なのだと思います。

そこにはずっと親密でエキサイティングで広大な平和があります。ぜひナビゲートをご依頼ください。

死者の声を聴き続けて

前世療法のセラピストをしていての恩恵は自分にとって計り知れない。それは言ってみれば死者との対話だ。死者と対話することにどんな意味があるだろう。

死者は人生を終えているがゆえの達観した視野を持つ。それは時には後悔、悔恨などの心情であるかもしれない。近しい人の人生を賭した悔恨の情に、私たちは耳を傾ける価値がある。

私たち人間が祖先や先人を崇拝するのもきっと、そのあたりにわけがあるのだろう。常に生き死にをかけた淵に立たされている私たちの肉体意識は時として、いやほとんどの場合において、全体というものを見失っている。

私が、ある次元において過去世というものは確実にあると実感するのも、本当のところこの生の使者の声に深い真実味を感じるからだ。

数多くの生の死者の声を拝聴するなかでも忘れられず繰り返し私をなぞる声がある。それは、第二次世界大戦のおそらくアウシュビッツ収容所でガス室に送られた少女の声だ。彼女はガス室の中で死にゆきながら「死ぬのはこわくない。この中(同じガス室)によく知っている人がいないのが救いだ。その人たちが苦しむのを見るのは辛い」と言った。自分といういのちが終わろうとするときに切実に思うのはそういうことなのかと、揺さぶられる。それは本当に死にゆく人にしか言えないセリフのように感じられる。

例えばそんな声は私に、生きるとはどういうことか、どのように生きるべきなのかということを切々と伝えてくる。こんなにも多くの死者の声を私はどうしても無駄にしたくないと心から思う。

死者の声は決して神の声ではない。それはある一方から見た真実の側面を物語っている。同じように私たちも、この世で肉体とともに生きている限り、物事のある側面しか実際に触ることはできない。

私たちがものごとに行き詰るのはいつも、一方の側面しかわからなくなりそれがすべてのように錯覚してしまったときだ。私たちは常に一方しか体験できない。だからこそ、ものごとが本当に行き詰るということはあり得ないのだと私は確信している。

ガス室の少女は「次は戦争のない国に生まれようと思って、この国に来た」と言った。彼女からみたらこの日本は天国に等しい世界かもしれない。

それでも私たちは常にあらゆる側面を学ぼうとして、苦しみと喜びを交互に、あるいは交互だということすら忘れるほどどちらかに浸りながら生きる。

あまりにどっちも見てしまうと、それはどっちも本当じゃないんだと悟るようになるんだろう。よく体験することが真実だ、というようなことをいう人もいるが、体験するだけではなにもわからない。

どっちかではない、どっちでもない、それが魂の世界だ。

賢明な死者は必ず自己を省みる。どんなすばらしい行為をしてもあるいは全力で闘っても、おそらく真理を悟らない限り、神をみつけない限り私たちは充分に生きることはできない。なぜなら私たちは魂であり、魂はそのおおもとの神だけを探し求めているからだ。やがてそこに還ることが道だからだ。

ほしいものを全部手に入れるべく生きれば後悔しないと思っている人もこの世には多いかもしれない。なすべきことを全うしたら後悔がないと思っている人も多いだろう。でもそれは「ない」ということを死者は切々と語る。行為では内側を満たすことができない。それを一体どうやって伝えよう。

いや、多分、私が思い知ればいいだけなんだろう。私はそれを共有できることをただただ喜んで生きればいい。私に与えられたそれが世界なのだ。

究極のTHE REIKI

このたびまたおひとり、ライタリアンレイキのアチューメントの全工程を完了されました。ライタリアンレイキのアチューメントは、臼井レイキマスターティーチャーの、その先からスタートする、いわゆる発展形なんて言われるレイキヒーリングシステムの、いわば究極とされていて私も同感です。

レイキを学び日常にどんどん取り入れるに従い、もっともっと知りたくなるし、知らないことが明確になっていく意識とエネルギー、そして人間という存在について。

私自身がレイキに取り組むうちに、レイキって本当はこうなんじゃないかしら、誰かも同じことに気づいたり思ったりしていないかしら、と探して見つかったのがライタリアンでした。そしてその扉を開けたら。やっぱりそうだったか~!(笑)このやっぱりそうだったか~!という発見は本当に楽しいものです。古くから奥底では本当は知っていたことに、気づき、導かれ、出会う。真理の探究ってまさにそういうこと。

ライタリアンレイキを深く学ぶと、そこにすべての答えがあるとわかる。それは一度に全部わかるものではなくて、体験とともに、時間とともに、出会っていくものであり、そのように導く導き手こそがレイキだ。

レイキは、その根源や本質がわからなくても実際に使って役立てることはできる。伝授されたその日から使えるという優れものだ。電気というものがどんなシステムか、なぜそのように働くのか理解できなくても電化製品を使いこなすことはできるのと似ている。その恩恵に日々預かるほどに、その贈り物の贈り主についてもっと知りたくなる。(それって愛だと私は思う。)

私たち人間という存在も同じだ。人間とはなにか、命とは、人生とは、その存在とはなにかを知らなくても、お母さんから面倒をみてもらい、見様見真似で生き方を覚え、その延長に生きることはできる。しかし自分とは本当はどんな存在なのか、ということを問い直す機会に出会い、それを知り、それを生きる人は少ない。

私たちの肉体意識は、デフォルトでお母さん仕様にセッティングされている。お母さん仕様に不具合を感じたところから多くの人は自分への問い直しが始まる。最初は自分の出来損なったところの修復から始まるかもしれない。その工程は復讐にも似てとても辛い。

出来損なった(と感じている)自分とお母さんが深く関係している、ということすらちょっと以前にはわかっていなかった。今はそれを突き止めて、そこで苦しんでいる人も多い。でも真実は、それはただ、ひとりの人間が当然ながら万能ではないということと、お母さん仕様を卒業することが人生の本当のスタートだと言ってもいいほどシンプルだということ。

すべては神という生命の源からの贈り物だとはわかっていても、あるいは自分は本当はスピリットなのだ、とは受け入れていても、実際にスピリットとしてこの世を生きるってどんなことなのか、ということはほとんど誰も知らない。

それでいい。本当は重々わかっている真実を、実際に本当に生きてみたらどうなるか、というゲームに私たちは参加している。
暗闇を手探りで突き進むもいいけれど、そこに明かりがあり、地図があり、そして真理というお手本と、愛という完全無欠な秩序と、神というこの上ない無限の力とともにこの世を体験することもできる。

私はようやく最近になって聖霊とは何かがわかった気がする。父と子と聖霊との御名において、の聖霊。RUACHの聖霊。レイキは聖霊のちからそのもののように思う。と、そこまで考えてはっと気づいた。霊気だもの、当たり前か。その名前の通りだったのか。

さて、以下は、臼井霊気の伝授をお受けいただいている方からいただいたご質問へのおこたえです。その方へ伝えたい、という強い想いが言葉にさせてくださいました。いつもながら、ご質問いただいたことにとても感謝しています。手直しを加えてここに記させてください。


レイキヒーリングの世界ではレイキの根源は「宇宙の生命エネルギー」と説明されています。それゆえに、多くの人が空から降り注ぐイメージを持たれます。臼井レイキのマニュアルにもそのように連想させるような記述があります。例えばレイキシャワーのような。

しかし宇宙の根源的な生命エネルギーとはなんでしょうか。それは空や宇宙空間にあるものでしょうか。あるいは自然界の大気、鉱石、植物や陽光のなかでしょうか。それでしたら私たち人間という自然動物の生体の中にもそれはあります。しかしレイキは何かしらの物体のエネルギーを借りたり移動させるというものではありません。それは無限の、源から来るものです。それゆえに私たちはそのエネルギーを無限に使っても何かがすり減ったり目減りすることがありません。むしろ、使うことによって広がり、根付くのです。

根源的な宇宙エネルギーというのは、実は意識の中心にあります。私たちの意識は顕在意識、潜在意識、超意識、宇宙意識、というふうに大きく4段階に分けて考えられています。この最後の宇宙意識というのは、無限で、完全で、すべてで、一つである、という性質です。私はこれを通常「内なる神」と呼んでいます。

すべての物象の背後、あるいはその中心には、この内なる神が横たわっています。レイキで言う宇宙の生命エネルギーというのはこの宇宙意識ことであると私は理解しました。

臼井 甕男さんがブッダとキリストを探求し瞑想して授かったレイキエネルギーは、根源なる神からのちからを人間が使って自己意識を浄化し、あらゆる生命を癒し、活性化し、調和させ、そして「悟りへの道標」として(レイキサードのマニュアルに明言されています)、その歩みの杖として携えることができるように人間界に具現化し降ろされた技法です。

レイキは私たちのすべてがそもそも持っている力、根源なる神の力とつながる方法です。

霊気、という字は当て字でもなんでもなかったのです。霊(=根源なる意識・宇宙意識・スピリット)の気、つまり神の呼吸、息吹がレイキです。

これを聖霊と表してもいいかもしれません。聖霊とは、根源なる神=真理と、この次元(幻想、無常、3次元)をつなぐもの、と言われます。つまり私たちの祈りとはどんな時もそこに届けられるべきものなのです。

どうして遠隔ヒーリング・遠隔アチューメントというものが可能なのでしょうか。遠い宇宙や空からエネルギーを呼び込み、更に今度は遠く離れている誰かのところまでそれを送る、などと言うイメージはなんと遠回りで頼りないものでしょう。多くの人が自分の力に疑問を抱いています。本当にそんなパワーが自分にあるのだろうか、と。

そうではなかったのです。私たちは内なる神にヒーリングを依頼すればいいのです。内なる神はひとつですから、私が内なる神に依頼すれば、○○さんの内なる神として行ってくれます。私たちは内なる神によってつながっています。地球の裏側だろうが宇宙の果てであろうが、神はひとつですから、神が無限であるがゆえに、私たちは完全に時空を超えてそれを伝えることが可能なのです。

ですから私はレイキをするときにはハートの内側にそれを伝え、自己ヒーリングの際にはハートからのバイブレーションをただ全身に受けるようにしています。時には地球に感謝し、マスターや天使やすべての聖なる存在に感謝しますが、しかし依頼する対象はひとつなるものです。

レイキのパイプ、とよく表現されますが、レイキは神への直通電話だと思っています。いつもいつも電話していると、いつの間にか番号を覚えてしまう。そのうちボタンを押すより早くつながっている。そのうち、あれ?電話本当に必要?思うだけでよくない?だって相手は神だから、というふうになっていきます。

レイキの目指すところはそういうところです。いつもどんなときにもどんな状況でも、即、神につながっている、という信頼と安心が完全に自己の内側に根付くまで、繰り返すことです。

この仕組みをお伝えすると、多くの方は安堵されます。ああ、それならできそう、とおっしゃる方がほとんどです。みなさんどこか、無理をなさっているんだと思います。人間は自分が自然の生き物だということも、神に最も愛されているということも忘れています。

私たちは、神のように無限ではないですが、しかし神のように与えることができる生き物です。そのためにレイキがあります。まずはその愛をあふれんばかりに受け取り、その無限の泉の水をあなたが飲みなさい、そして、それから周囲の人に与えなさい、と。神は私たちがレイキを「再発見」できるように私たちに喚起しました。

感謝とともに
AZU拝

愛とはなにかという気づき

今日のセッション中に私の口から出てきた言葉を記します。私にとっても新鮮で、驚きと「ほんとにそうう?」という問いかけが同時に出てくる不思議おもしろい体験でした。

愛とはなんでしょうか。愛に似たもの、あるいは愛からもたらされたものを私たちは数多く体験し知っています。けれども愛とはなんだろう、という問いに答える本当の言葉に私たちはなかなか出会うことはありません。

今日、また神について楽しい話に夢中になりながら私は、魂がまったき光である神に向かって突き進んでいくビジョンを観ていました。私たちの誰もの内に在り、そのすべての魂が向かうふるさとの光。みなもとの光。

私たちは人間という肉体を乗りこなすべく夢中で肉体と一体化するうちに、肉体こそが自分だと錯覚します。そして肉体の法則を学び肉体の世界観を身に付けます。その限界と有限性という孤独の淵に立ち、やがて本当の自分を思い出し始め、ふるさとの光を求め始めます。

なんとかこの世界、この社会で乗りこなそうと必死で握りしめていた自己意識という操縦桿を、「手放す」という選択があることを知ります。

しかしそれを手放すためには心の中に、ひとひらの信頼というものが必要になるのです。確信はなくとも、理解はできなくても、道理がわからなくても、その握りしめた指をほどき掌を広げ捧げる対象が。そうです。私たちはそのまったき光に向けてその掌を広げ捧げるのです。

その信頼という原動力によって、魂が私たちを導き始めます。光に向かってただうなりを上げながら猛然と神の懐へと還ろうとするのです。

「それが、愛なんだと思う。」

魂が神に向かって動くちから、それが愛。

言ってしまってから「それほんとう?」と何度も反芻したけれど、なるほど、それかもしれない。

分離したと見せかけて本当はひとつだった、というところへ戻っていく、その動き。その動きそのもの。

そもそも完全であるものの一部が、完全という全体へと戻っていくちから。

ひとつになるちから。

それが愛なのかもしれない。多分そうだ。

私たちを癒し修復するちからとはそれしかない。分離という幻想の傷を、他者という加害者と、被害者という自己。あるいはその逆。あなたがそうするからわたしがこうなった、というストーリー。別の誰かという存在に脅かされる自分。恐れは防御を生み、攻撃を仕掛ける。攻防する心は常に他者を断罪し続け、結果自己を苦しめる。他者に罪があるということは自分にも罪があると訴え続けることになるからだ。

それらすべての陰影を消し去るものは、まったき光、つまり相反する対極を持たないものだけだ。光の中に影は、闇は存在することができない。そして防御のないところに影を作り出すことはできない。自己意識というのは防御が作り出した陰影でしかない。その陰影を見て私たちは更に恐れている。自分が作った幻影のおばけを見て。

また愛に身を委ねるとき、肉体であろうとする自己意識は非常にそれを恐れる。恐れは愛を妨げるが、愛そのものをも恐れる。自己意識が自分を失うことを恐れるのだ。愛という光りの中に自分が溶けていくのを。

人が愛を求めるのは、孤独から逃れたいからだけかもしれない。そこに崇高な理由はいらない。しかし愛を求める心はいやおうなく私たちを光に、神に向かわせる。

神はすべてに遍在するが内側に神をみつけない限り人は神をみつけることはできない。外側というものそのもが自己の創った幻影であるから。存在しないもののなかに神は存在しない。神は真実であるがゆえに、外側という幻想から私たちを目覚めさせる。神は実際には一つしかない。その一つをみつけたときに、すべてはその一つの中にあったとわかる。

内と外という隔たりを作っていたのも自分だが、内を見ない限り外に世界があるという錯覚から自由になることができない。ゆえに自己は世界から分離し続ける。

私は自分を始め、傷ついた人びとを通して神をみた。傷が痛々しいほど、神が、愛が、真理が、それをみごとに癒すところを目の当たりにすることによって。夢の中で、これは夢なんだと叫ぶことで夢から覚めるように。傷ついて、怒って、悲しみにくれてたまま、私たちは神をみつけられる。夢の中でそれが夢だと気づくことができるように。私たちはなにひとつ否定する必要も拒絶する必要もない。ただ、今あるところに、今いるところに、今置かれているところに、今与えられているところに、神をみつけられるよう求めればいい。

そう求めることが愛なのだ。そう求めさせる引力が、愛なんだと思う。

健康と自分の取り扱い

特定検診を久しぶりに受けました。豊見城に住んでいたときは歩いて、健康管理センターという立派な施設まで行けたのですが、こちらは徒歩圏内には公園と海と畑、あと聖地しかありません(笑)。聖地があるってところが最高なのですが。

知念に来てあっという間の5年目で、本当に時間の感覚がちょっと、あれな私です(笑)。

それから驚いたことに、特定検診の結果は郵送されてくるものと思っていましたら、市役所の方が直接持ってきてくださるということも初体験でした。東京育ちの私にとっては軽いカルチャーショックです。直接持ってきてくださった上にいろいろと解説してくださって、担当の方がとても勉強されていたこともあり、好奇心旺盛な私は結局1時間半くらいお引止めしてお話うかがいました。マンツーマン、贅沢過ぎます。

健康についてのお話なので、うちの家業とも関係してきます。その時に、印象的なことがありました。

基本に立ち返ってしろうとながら鍼灸のこと申し上げますが、鍼灸師になるには専門学校に3年通い、国家試験を受けて資格を取ります。夫と出会ったとき夫は専門学校を受験する前の受験生でした。

実は専門学校を一浪中だったようです。結構難しいものなんですね。彼も多分最初は簡単に考えていたんじゃないでしょうか。

学校では解剖学、生理学など、人体についての基本的な西洋医学的な知識を学びます。学校では様々な先生が教えていて、先生方によって考え方も違います。

夫は賀偉先生という、中国国宝級の老師と言われる先生のご子息との出会いがあり師事しました。陰陽五行説など興味のある方はご存知かもしれませんが、中医学と言われる中国の伝統医学を学び、それを主軸に鍼灸の施術を行っています。

たとえば頚椎ヘルニアの症例でも、見るところは首とか骨ではなく全体を診ます。わかりやすい記事がありますのでよろしければ夫のブログをご覧ください。あなたに合った治療法―頚椎ヘルニアの症例

これは人体という生命を扱う上での捉え方(哲学をも含むといってもいいでしょうか)を楚にし、非常に多くの臨床のデータに基づいて構築され体系化された学問です。簡単に言えば、西洋医学ではからだを見る時、正常範囲がありそこからはみ出たものは病気という異常だと見ますが、中医学ではそこにある生命の働きというものを視野に入れますので、その生命力の流れ、バランス、働きなど、それを阻害するものの原因などから診ていき、未病の状態から改善を図り、体質改善などを試みることが可能です。

この作業は施術者の視点が重要になり、それによって施術の方針が違ってきますから、自ずと結果に影響してきます。しかし、この見方から行くと、すべての症状に対して有効に働く可能性を持った療法であるということができると思います。

私は夫と出会う前から、鍼灸治療が好きでした。というか、とても頼りにしていました。というのも私は幼少期からあまり丈夫ではありませんでした。まず扁桃腺が肥大で、しょっちゅう高熱を出していました。

熱を出すと母が自転車の荷台に私を乗せてえっちらおっちらと小児科医の先生の所へ連れていってくれ、そこでは最高に強い抗生物質をいつもいただいていました。母がよく、うちの子には弱い薬じゃ効かない、というようなことを言っていました。

母の母は成人するころまでとても虚弱だったようで、そのためもあり健康法に熱心でした。うちには当時話題になる健康法が次々とやってきました。また今でこそ少し有名かもしれませんが、操体法なども祖母はコツコツと実践していました。一体どうやって情報収集したんだろうな。とても知的で頭のいい、優しい人でした。

私ときょうだいもみなどこか弱いところがあり、それぞれいろいろと与えてもらい、今更ですが随分いろいろ試してもらったんだな、と思います。

でもほとんど芳しく効力を感じたことはありませんでした。独特な鍼灸整体をする先生とあとは演劇の世界に入ってから野口体操や演劇仲間の意識の高さに救われたというのが実感です。その後いろいろと体験し、結局私の行きついた所はすべては意識のエネルギーが作り出している、ということです。

そしてそう言った面でも鍼灸は心と感情のエネルギーとその作用を理解していてそれらを含めた全体的な治療ができてすばらしい、と私は思っています。

夫と出会う以前の私は本当に生きるのに精いっぱいで綱渡りのように人生をつないでいた感じです。HSPやエンパスにはど真ん中に当たる人間だと思いますが、自分の取り扱い方がわからないまま荒波を乗り越えるのは本当に大変でした。

感情が揺れやすく過敏で、疲れがたまると鬱っぽくなりますし、PMSもひどかったので親しい友人に言わせれば「月いちで落ち込んでるよね」という感じでした。

あの手この手でなんとか日々の荒波を乗り越えますが、度々転覆しますし、一度転覆すると復旧することに多大なエネルギーを要しますので、生きることは困難の連続、というイメージでした。

しかし家族には私よりももっと重篤な人が2人もいたので、自分のことはとにかく自分でなんとかするしかありません。その2人は精神科のお薬がないと生きていけないというような状態でしたから、自分としては薬を否定してはいないけれど、その作用についてもだいたいわかっているという感じでした。

そんな自分が困ったときに頼るのは鍼灸治療院でした。風邪で熱を出すととてもしんどいのでお薬で緩和させますが、充分養生するゆとりもなく、なんとか治る力を出したいとき鍼灸院へ、という感じでした。風邪が長引いて受けるダメージや薬代を考えると、鍼灸は一度の施術でも力を引き出してくれるので自分に希望も持てるし心にも元気が出ました。

一度は大事なイベントでのライブがあるときに熱を出してしまい、薬を飲んで数日寝ていても一向に良くならないことがありました。思い返せばこのようなことへの恐れは表現の仕事をしていて常に私を脅かすものでした。その時ちょうど、近所にすごい鍼灸の先生がいるという話を、まったく別の所で3人の人から聞かされていました。

それで私はもうろうとした中で起き上がり支度をすると、その鍼灸院の前まで歩いて行きました。予約がいっぱいで、多分電話では埒が明かないと思ったのです。ライブは明日です。今日希望が見えなければ明日ステージに立つこと自体を見直さなければなりません。準備に時間をかけていましたし、そうなれば関係者に多大な迷惑をかけざるを得ない状況に追い込まれていました。

大通りから鍼灸院のあるビルを見上げながら、祈る気持ちで電話をかけました。先生が直接出られ、事情をお話しているうちに先生が「もしかして、うちの前から電話している?」と気づかれました。はいと答えると、やっぱり。車の音が電話から聴こえるのと同じだからさ、と言われました。

先生の見解では明日に間に合うかどうかは五分五分、とのことです。もしかしたら今より悪化して完全に声が出ない可能性もあるとのことでした。しかしなぜなのかその時私に迷いはありませんでした。他に希望がなかったですし、なぜか怖くありませんでした。

先生は「上がっておいで」と言って治療を引き受けてくださいました。喉にながーい鍼をぐぐぐぐっと刺していきます。4本、5本と鍼が入りました。これでいい、という手ごたえを先生が得ているのがわかりました。

結果としては、その直後からまるで憑き物が落ちるように症状は軽くなり始め、翌朝には病み上がり感はあるものの、熱が下がり、喉がはれ上がってつぶれるような感覚や痛みは消え、むしろ普段より軽やかに開いている感じさえあります。リハーサルまでは本当に張り詰めた気持ちでしたが声が出ました。それも普段よりむしろ楽に。それはまるで奇跡のようでした。

実を言えばそのイベントこそが、主人との出会いでもありました。私の扁桃腺はそれ以降とても良くなり始めました。鍼灸学生になった主人は会うたびに(練習台でもあり愛でもあり)私への施術を熱心にしてくれました。根本的な体質の変化もあったと思います。それからは自分が実はもとから健康体だったかと思えるような変化もありました。

冒頭の市役所の方に鍼灸のお話をしたとき、「鍼灸こそ、予防医学なんですよねえ」と、ふと口にすると「え、そうなんですか?それこそ対処療法ではないんですか?」と言われました。その方が健康についてとても勉強なさっていたので逆に私がその言葉に軽く驚いてしまいました。

痛みを取るだけというような対処だったらそれこそ薬でいいや、となるでしょうし、逆に薬を使うのが嫌だから代わりにもう少し効果の薄い昔の方法を用います、というイメージが代替療法という言葉の意図なのでしょうか。

催眠療法の領域でも時々みかけるのですが、「薬を使わない」といううたい文句があります。私は改めて思いますが、薬を使わないことが良いことだとは本当に思っていません。薬がない世界のほうが今より良い世界だとは全く思いません。お薬で楽になるたびに、本当に今の時代に生まれてありがたいな、と思います。ただ、お薬にできることとできないことがあるし、お薬には弊害があるという事実があるだけだと思います。

そんな才覚はありませんが、もし私がお医者さんだとしてもきっと、できることを一生懸命やるだけだと思います。西洋医学の先生の言葉で「西洋医学の治療に限界を感じたことから」代替医療を学んだとおっしゃる方はよくいらっしゃいます。双方で補い合うことができれば、その恩恵を受けるのは地球に生きとし生けるみんなだと思います。

心のエネルギーと、からだの気の径は関係しあっています。私たちが知らずに思い続けていることは何かを創造もし、破壊もします。完全に破壊してしまう前にそれをサインとして受け取り、気づきと見直し、そしてバランスを促し調整することは、まさに自分の取り扱い、自分との付き合い、自分の生き方とつながっています。

自分の生き方をみつけるのは自分しかいません。その生き方を助けてくれる味方を地上にみつけるのは幸せなことです。なんだって敵じゃない。味方にするかどうかは自分が決めます。

そういったことを考え選ぶ権限を持てるということ自体がもう、天から与えられた贈り物だと私は思います。自由であるということの在り難さよ、と思います。自由の行使には理解がとても大事なのだと改めて思います。自分の知ったこともできれば多くの方に活用していただけたらと願っています。

夫と2人でやっているセラピーサロンでとても大事にしていることは「あるといいながある」なんです。コンビニエンスストアの宣伝とおんなじですが、自分たちにとってのあるといいなをかたちにし続けたいと願っています。

ヴォイスヒーリング

ヴォイスヒーリング・ワークアウトというセッションをしています。自分の声が自分を癒してくれることは私のからだが一番よく知っている、という気持ちからこのセッションを始めました。

声を発することはそれだけでエネルギーの発散になることは多くの人が体験済のことと思います。

たまっている感情の持って行き場がないとき、人は歌を歌います。嬉しさを歌で表します。私はどちらかというと子どものころから、辛いときに歌っていました。胸が詰まるような思いがあるとき、歌はその思いを押し流して安らかにしてくれます。

歌を生業にしていましたから、どんなコンディションの時も歌を歌いました。このコンディションで歌えるのだろうか、という状態を何度となく体験しました。その度、歌は私の思惑を超えて、私を助けてくれました。歌い始めることで、私のコンディションは整っていきます。仕事を終えるころにはすっかり元気に穏やかになっている、という奇跡的な体験を積みました。

東京で何度か、ヴォイスヒーリングのワークショップを受けました。天音さんという男性のファシリテーションを受けましたが、それは大学の演劇専攻の初期の頃の授業に似ていました。すべての表現は、イメージです。イメージを具現化するためにテクニックが存在します。

天音さんのクラスで「天から自分の脳天を通り地面を貫くような声」という課題がありました。稲妻が一気にバリンと落ちてくるようなイメージです。十数人の参加者が各々イメージを声にしていきます。私の番になり、私はイメージを声にしました。私の声はまさに天地を切り裂く稲妻のようで、一瞬空気が凍ったようになりました。

その時の天音さんのリアクションが忘れられません。「おお、あなた、その声は、なにか武道をやっていますね。なにをやっていますか?」

天音さんは古神道武道をされていて、発声の基本に取り入れておられたようでした。私は「いいえ、武道はやっていません」と答えました。すると

「いや、そんなはずはない。絶対に武道をやっているはずだ。なにをやっていますか?」あまりに真剣にお尋ねになるので「武道はやっていませんが、演劇をやっていました」とお答えすると

「ああ!演劇ですか。なるほどそれでか。演劇やっている人は強い。なにやっている人よりも強いです!」とご納得されていました。そのご納得のされ方がまた印象的でした。

演劇が強い、という言葉がおもしろかったのですが、確かに演劇は、心と身体とイメージ、そして魂の三位一体のための訓練を積みますので本気で取り組んだ人は生半可な専門家よりも人間の探求に長けているであろうとは思いますし、実際の鍛錬を積んでいますので体現者でもあります。

ちなみにジャズを歌っていたころ、NYでヴォイストレーニングを受けたときも、内容は演劇の基礎訓練の一部ととても似ていました。その時にも初めてのレッスンで先生から「あなた、すでにプロで仕事しているわよね?」と言われました。演劇にはダンスも歌も、からだと言葉とイメージを使ったあらゆる表現が含まれます。私は演劇の現場を離れて久しくはありますが、この研究と訓練を積めたことに感謝が絶えません。

さて、私のセッションでのヴォイスヒーリング・ワークアウトは実際どんなことをするのかお話します。まず、とても簡単な課題を用意しています。どんな方にも対応できるような、できる限りシンプルなテキストです。この枠組みの中で、その方が望まれるような形を探りながら進めます。

とても声を出したい、表現したい、歌のため、セリフのため、というようなご希望があればその方向へ広げます。もっとシンプルに、声で癒すってどうすればできるんだろう、というような、癒しへのご興味が強い方にはそのように対応します。癒されたい部分がはっきりとある場合には自然そういう流れとなります。

この辺りはご本人にもなにが希望かがよくわからないという場合も多いのですが、実際に声を出し始めてみるとその方向性が見えてきます。簡単に言うなら、その方のエネルギーを読み取らせていただきながらそちらへと誘導させていただくようなかたちです。

そのこと自体も自分でそうしようと思って始めたわけではないのです。しかしセッションというのはどの場合もそういうものなのですね。エネルギーが、導いてくれるのです。

自分の歴史を振り返ってみると、演劇の訓練や芝居作りの中に、即興というものがあります。設定だけを決めて、よーいドンでお芝居が始まります。セリフもストーリーも決まっていないので、そこでなにが起こっているか、それに自分や他の参加者がどう反応しアクションするか、イメージの積み重ねで内容が動きます。これは本当に様々な面で試されまた鍛えられる訓練です。私はこれがとても好きでした。

更にさかのぼれば小学生の時、即興でお楽しみ会の出し物の作品を作ったこともあります。これは幼稚園のころのおままごとに通じるものがありますね。おおいにやっていました。その時のメンバーや内容を覚えているものもあります。

子どものころはこういう自由な創作を夢中で作ったりしています。年がいって頭で考えるようになるとうまくできなくなるのですが、その仕組みも今ではよくわかります。

ジャズにもセッションがあります。私は音楽の基礎が足りなかったので、ジャズの自由度がいまひとつで残念でした。そうなのです。自由であるためには基礎を熟知し、全体の仕組みを把握し、それらを体で覚えるべくして訓練し、そのうえで理屈は忘れて夢中で遊ぶ必要があるのです。これはすべての創造に関して言えることですが、人間の人生という最大の創造にも言えることです。

そしてその人生の創造の基礎知識といえるのがスピリチュアルの学びではないかと思います。偉大な覚者クリシュナムルティは、瞑想は最高の芸術であると言いましたが本当だと思います。瞑想は創造の源につながりそれを知ることです。

声はその人の霊性を示すと言われたりします。その人のエネルギーやその状態が声という波動になって宇宙に響き渡ります。その声から受け取ったメッセージに今度はこちらからもリクエストを伝えます。こんなところに、こんなふうに、響かせて、というふうに。そうすると声はそのリクエストを含んだ響きとなって、その人のフィールドにエネルギーを与えてくれます。

このヒーリングはまったくがんばることなく、力みなく、あるがままでできるというところがすばらしい魅力です。大きな声を出す必要もありません。

大きな感情の解放を体験なさる方もいらっしゃいますし、深い静寂を体験される方もいらっしゃいます。未知の自分との出会いにワクワクを味わわれる方もいらっしゃいますし、内なる神とのつながりの中に過ごされる方もいらっしゃいます。

エネルギーワークに共通するのは、本来誰もの中に宿るパワーを再発見する喜びです。こんなことに日々取り組んでいます。